草原
今日はアルシア王国の東端に来ている。
見渡す限り平坦な草原が広がり、周囲に人里はない。
「ここなら魔馬たちも楽しめそうですね」
乗馬服姿のミシュティが、春の風に毛を揺らしながら微笑んだ。
「ひよこ島は走るとなると、砂浜になっちゃうものね。やっぱり時々は地面を走りたいんじゃないかしら」
ミシュティは頷き、ペルルの鼻先をそっと撫でた。
二頭とも転移を嫌がらないので、私たちは時々こうやってあちこちに遊びに来ている。
私はユーニウスに飛び乗り、足で横腹に合図を送り走らせた。
ミシュティとペルルもあとに続く。
飛ぶように景色が流れていく。
空は澄み渡り、若草色の草原は春の息吹を感じさせる。
芽吹き始めのまだ丈が短い草は視界の邪魔にならないし、好きに走らせるのに最適だ。
二時間あまり魔馬たちのペースで遊ばせ、小高い丘に到着。
春の草原は柔らかく、馬ではない私たちの足にも優しい。
「すっかり春ですね」
ミシュティが足元を指差し、顔を綻ばせた。
見れば小さな野花。
あちこちに小さな花が咲いている。
「本当にね。まだ春の陽気で暖かいって感じじゃないけど、寒くないというのは嬉しい」
「このあたりで昼食にしますか?」
「そうね。お腹空いた」
私は時空庫からテーブルセットを出して、平らな地面に設置した。
ミシュティがテーブルクロスを広げて昼食の支度をしている間、私はユーニウスとペルルの汗を拭き取って果物を与えた。
少し離れた場所にたっぷりの水を用意しておく。
「あんまり遠くに行かないようにね」
そう言い聞かせると、二頭はのんびりと草を食べながら過ごすことにしたようだ。
連れ立って美味しい草を探し回る様子は、長閑でとても愛らしい。
「野外ですから、簡単なものしか出せませんが」
そう言いながら、ミシュティはテーブルの端で手早くオムレツを焼き上げた。
あっという間にトマトソースが絡んだペンネを添えた香草オムレツが皿に乗せられた。
ミシュティは熱いのがちょっと苦手なので、先に自分の分を作って置いてある。
私の分は作りたてで熱々だ。
「フワァ、いい香りね」
(自分だけだったら水とタマゴサンドだったけど。これが簡単なものとは……)
ミシュティを雇ってから、食生活は劇的に向上している。
美味しいものを食べ、家はいつだってチリひとつない快適さ。
「今朝、王都の市場で春恋菜が売ってたんです」
「オムレツに入れると一気に春の味よね。このちょっとほろ苦いのがまた美味しいわ」
「春恋菜は今しか出回らないですものね。確かに春だなぁって感じます」
トマトソースのペンネは作ったものを持ってきたらしいけれど、これもとても美味しい。
やや濃い味に仕立てたペンネはオムレツとピッタリだ。
マグカップに注がれたコンソメには刻んだパセリ。
デザートには小さな焼き菓子と紅茶。
「貴族のピクニックって感じね。すごく美味しかったわ」
「ありがとうございます。次回はサバイバル料理にしますか?」
「サバイバル料理」
「狩ったものを捌いて調理も可能ですから」
「……いいわねえ、幻鳥とか」
幻鳥の肉は、狩人しか味わえないもの。
仕留めて数分で溶けて消えてしまうので、絶対に市場には出回らない。
溶ける前に火を入れられれば、消え去らないので食べられる。
(調理に成功しても、一時間後には溶けてなくなっちゃうから時間勝負なのよね……)
「あれは美味しいですから、是非食べたいです」
「じゃあ今度はそうしましょう」
「はい。幻鳥って、卵はどうなってるんでしょう?」
ミシュティが片づけの手を止めて首を傾げた。
「確か……無精卵は溶けて消えると聞いたわ。有精卵は生きているから消えないんだとか」
「卵は見たこと無いです」
「私も無いわ。でも、文献によると卵と雛は猛毒らしいわよ」
「猛毒!」
「ダメよ、探そうとしちゃ」
「何かの役に立ちませんか?」
「毒ならもういっぱい持ってるでしょう?」
「……………………」
ポチ温泉横の魔条網で覆われたミシュティの家庭菜園は、マンドラゴラをはじめ全て毒草なのだ。
ただ毒草と言うのは、薬の原料にもなる。
彼女の家庭菜園はそういう植物が多い。
食事に出てくる野菜類は、ミシュティの自宅脇の畑で作っているようだ。
(毒も微量なら薬だったりするし、そこまで凶悪なものでもなさそうだから別にいいけど……)




