魔馬とおつかい
3つ目の村まで、もう一回休憩を挟んだけれど
キャンディは終始ご機嫌に走り続けた。
途中馬車や荷馬車、騎乗してる人とすれ違ったが徒歩の人は道の両脇を歩く決まりみたい。
その決まりを破って道に飛び出して轢かれても、それは徒歩者側が悪いと言うことになる。
昔、当たり屋が多かったためにそういう決まりになったんだって。
王都までの道は、大きな街の周囲は比較的広く整備されているようだが
2つ目の村を過ぎた辺りから、急に道幅が狭くなったので注意が必要だ。
魔馬は耳も目も良いので、馬や人などがいる時はキャンディは自主的に少しスピードを落とした。
こんなに優秀な馬なのに、魔馬特有の荒さと気位の高さで中々主人を選ばなかったキャンディ。
先祖返りだから気質が普通の馬寄りの魔馬だし、選り好みせずヒトを乗せる事が出来ていれば3倍以上の価値がついたと思う。
全く良い買い物だったわ。
3つ目の村についたのは遅い時間ではあったが、深夜と言うほどではなくて
それなりにヒトがまだ活動してる時間帯だった。
村の入り口すぐのところにセバ爺の言っていた宿と馬の建物があったので、キャンディを馬丁に預けて宿の受付でセバ爺の紹介状を女将さんらしき人に手渡した。
顔立ちは変えていないけれど、ちょっとだけ尖ってる耳は人間のように丸く。
髪色は緑からうす緑のグラデーションに見えるよう調整してある。
後から変化してたと気がつかれたら面倒だから、私だとわかるようにほんのちょっとだけ人間に寄せた外見だ。
この村のヒト、4つ目の村のヒトを無駄に驚かせないための思いやりよ。
同じグレディス領地内でも、栄えてるグレディス街と同じようにいかないもの。
グレディス街の人は今ではちょっとだけどエルフに慣れてるけど、田舎じゃ大騒ぎよ。
女将はセバ爺の手紙を読んでニッコリした。
「宿泊と魔馬の世話、食事込みで銀貨1枚と白銅貨4枚だよ。夕食はこの時間だとシチューとパンぐらいしかないけど、食べるかい?」
「いただくわ」
硬貨を支払いながら、そう返事をして案内された食堂で腰掛けた。
ほどなく美味しそうなシチューと軽く焼き直されたパンが運ばれてきた。
ウサギのシチューだ。
具が大きくて野菜もしっかり入っている。
「おいし」
想定外に美味しいシチューだった。
ハーブが効いてるブラウンシチューで遅い時間だったからか味もしっかりしみている。
パンは外側が香ばしくカリカリだったが、中身はふんわり柔らかい。
胡椒が入っているようで、実にシチューと相性がいい。
美味しかった、と給仕の女性に伝え部屋に案内してもらう。
「水はここから出ますけど、有料になりますがお湯が欲しかったら言ってください」
「お湯は要らないわ。ありがとう」
部屋に入るとゆったりした服に着替えて顔を洗って歯磨き。
今日は衛生魔法とリフレッシュで充分。
部屋に防犯魔法をかけて、ぐっすり眠った。
早朝に目が覚めたので出支度をして階下に降りると、既に朝食をとっている人々が居た。
見慣れぬ人を見るような視線が気になるが、騒ぎになる事はなく。
私もゆっくり食事をする事が出来た。
澄んだ野菜スープに黒パン。
ふんわり仕上げられたオムレツはチーズが惜しみなく使われていて、自家製ロマティソースに良く合っている。
真っ赤なロマティは卵の黄色に映えて、見た目にも楽しい。
品数は少ないけれど、この世界のお宿の朝食って大体こんな感じ。
キャンディはやや不機嫌だったけれど、噛みついたり蹴ったりする事はなくてそこそこお利口さんにしてたみたい。
普通の馬の3倍の草を食べたらしく、追加料金が掛かったのはご愛嬌だ。
宿の馬丁さんが言うには、足の早い魔馬ならば…4つ目の村までトラブルがなければ6時間くらい。
昼前には着くだろうとのこと。
一回は休憩をいれるつもりだけど、最速で用事を済ませて帰りたい。
私とキャンディは意気揚々と出発した。
私が初めて乗った馬はユニコーンだった。
真っ白で姿は美しいけれど、まあ…魔物だ。
当然野生なので暴れ馬過ぎて手を焼いたものだ。
魔法で叩きのめして調伏させて、ようやく言うことを聞くようになったけれど。
その後は甘ったれになり1000年近く生きて、いい相棒になってくれた。
キャンディはそのユニコーンと遜色無いくらい走る。
先祖返りの魔馬か。
キャンディの魔力量はかなりのものだ。
今は蹄の強化と身体強化が外に出てくる魔力の行き先みたいだけれど。
内に秘められてる部分はもっともっと多いように感じる。
この内部魔力が外に出るきっかけがあれば。
この馬は相当化けるだろう。
セバ爺の印通り、脇道に逸れる手前に休憩所があった。
どこの休憩所も馬も馬車が停まれる充分なスペースが取られている。
魔力水をたっぷり飲み、なにか持ってるだろうと頭をすり寄せて甘えてくるキャンディに角砂糖を与えて、20分の休憩。
数人の人に良い魔馬だと褒められて私もいい気分だ。
村への脇道は細い道だったけれど、馬1頭が走るには充分。
前方から何かが来ない限りは走らせても問題なさそう。
周囲は荒れ地時々草原で見通しが良く、気分良くキャンディを走らせたけれど結局誰ともすれ違わなかったので昼食時よりかなり早く目的地に到着した。
ヘレナさんの妹が住むこの村は、かなり小さい村のようで小屋タイプの家が8軒あるだけだった。
食事処も宿もないから、行商が来てアレコレ賄っているんだろうな。
外に居た人にエリーさんの家を訪ね、近くの杭にキャンディを繋いでドアをノックした。
パタパタと小さな音が聞こえ、ドアが開いた。
若い女性だ。
用件を伝えると、中に通されて奥の部屋からヘレナさんそっくりの老婦人が杖をついて出てきた。
老婦人が腰掛けるのを見届けたあとヘレナさんの手紙を渡す。
あら!まあまあ。義兄さんの薬酒を?
嬉しいわ、私の関節痛にすごく良いのよ。
え?そんなに沢山?
……そうなのね、あなたがお店を買ったのね。
私、こんな身体なもんで10年以上姉さんにも会ってないの。
昔は姉さんが来てくれてたんだけどね、ほらこの年でしょう?
さすがにもう気軽に往き来できなくって。
ああ、ちょっと待っててくださる?
お返事書くから…孫娘に聞いて薬酒を置いてきてくれる?
エリーさんはそういって手紙を書き始めた。
私は若い女性…孫娘さんと別室に行って、薬酒を全部出して棚に収めた。
「都会ってどんな感じなのかしら。私、隣村までしか行ったこと無いの!」
17歳だと言う孫娘の話によると、ご両親は王都に仕事に行っていて滅多に帰ってこない。
自分は今は祖母と暮らしているけど、近々両親が戻ってくるから隣村に嫁に行くんだと。
もう行き遅れよ、と彼女は笑った。
17歳で行き遅れ!
確かに平民の女性は14歳くらいで結婚する人が多いもんね。
上流階級だと学校に行くから結婚は18歳~20歳位にすると思う。
男性は30歳まで呑気に独り身で居ても、行き遅れだなんて言われない。
不公平よね、そういう風潮って。
エリーさんは手紙を書き終えて、孫娘に言い付けて箱を持ってこさせた。
「この手紙とね、この箱…ああ、ただの焼き菓子だよ。
素っ気ないもんだけど、姉さんの好物でね。昨日ちょうどいっぱい焼いた所さ。
私はこれだけは皆に褒められるんだ。どれ、お嬢さんにも包んでやろう」
エリーさんはパウンドケーキを私にも2つ包んでくれた。
お礼を言って、荷物を受け取り任務完了だ。
あとは帰ってヘレナさんに渡すだけ。
私は二人に挨拶をして帰途についた。