工房
「指輪? それなら幾つか在庫がある。未付与だがね」
老ドワーフが夫人に言いつけて箱を持ってこさせた。
(ドワーフの秘境に来るのは久しぶりだわ)
「綺麗ね。それに完璧」
「だろう?」
私は頷き、美しい宝石が埋め込まれた品のいい指輪を手に取った。
「気に入ったから、これは自分用に頂いていくわ。あとはオーダーでひとつ頼みたい」
「いいよ。指輪なら一ヶ月見てもらえれば。素材によるけども」
ドワーフの秘境には幾つかの店があるけれど、どこもハイレベルで甲乙付けがたい。
私が何かを買ったり依頼をする店は決まっている。
一番の老舗である『ヴァリ工房』だ。
現在の親方のベルデは五十四代目。
完全なる家族経営で、次代の息子さんと成人の孫息子さんもこの工房で働いている。
店名は初代の名前をそのまま冠している。
この工房を私が利用するようになったのは、ここ最近のことだ。
確か四十六代目からだったと思う。
(要するに千年位のお付き合い。ベルデが赤ん坊だったのはつい最近な気がするけど、もう九十歳なのね……)
そろそろ代替わりの時期なんだろうか。
息子さんの腕もいいし、問題はなさそう。
「素材はこれを」
私はカルミラから預かった純ミスリルの塊をカウンターに置いた。
「純ミスリルか。日常使いの指輪には向かないぞ、柔らかいから」
「ちょっとしたイベントの景品だから……うーん、日常使いに耐えられる細工は可能?」
「合金にすればいい。質感はミスリルのまま硬度を上げるのはうちの倅の得意分野だ」
「そうなの?」
「アンタが今持ってる指輪も、ミスリル合金で倅の作品だ」
「へえ」
私は買った指輪をもう一度眺めた。
しっかりした質感で、簡単には歪まなさそう。
(見た目はほぼミスリル。魔法伝導率もミスリルと変わらない……装飾品としてのデザインも美しい)
「じゃ、それで。追加の素材は何が必要?」
「合金は在庫があるから大丈夫」
「なら、この純ミスリルだけ出すわ。他の素材は料金に乗せて」
「ほんなら見積り書出すわ。おい、計算頼むよ」
ベルデが夫人に声を掛けた。
「ゆっくりでいいわ。私は外を散歩して来るから」
「なるべく急ぎますね、お気をつけて」
工房の外に出ると、正面の木から小鳥が一斉に飛び立った。
大砂漠で有名なイヴォーク大陸の端っこにある秘境は、川や森のある豊かな土地だ。
街ではなく、農村。
道の脇には澄んだ水路が張り巡らせてあり、小さな魚の影も見える。
村を横切る川には水車があるし、家畜も自由にウロウロしていて微笑ましい。
(工芸品で有名だけれど、農村にしか見えないのがドワーフの秘境なのよね)
ベルデたちも工房の裏で自分たちの分の小麦や野菜を作っているし、家畜も飼っている。
ここのドワーフたちは、自給自足でのんびり生活している者が多いのだ。
(いい天気。砂漠と違って長閑だわ)
水車の規則的な音を聞きながら、のんびり森に向かって歩を進めると川べりで子どもたちが小枝に付けた糸を垂らして遊んでいる。
川小蟹でも捕まえているのかしら。
あちこちから時々鉄を打つような大きな音がするし、煙がモウモウと立ってる場所も数ヶ所あるので工房で栄えているのも事実だけれど……。
ドワーフの村は店舗というものが無いので、工芸品が欲しければ客が足を運んで見に来るしかない。
宿屋も無ければ食堂も無く、雑貨屋が一軒あるだけだ。
どう頑張っても大砂漠を越えなければ到達できない。
簡単には行き来できないので、秘境と呼ばれているというわけだ。
二時間ほどの散歩を終えて工房に戻ると見積り書は出来ていた。
料金は白金貨二枚。
日本円にして二百万円くらいだろうか。
(何故なのかしら。ついつい日本円で換算してしまうのよねぇ)
「宝貨でいい?」
「いいよ。出来上がったら連絡する」
節くれだった分厚い手が宝貨を受け取り、夫人にそのまま手渡す。
ドワーフはサイズだけで見たら小柄なのに、筋骨隆々で手足は大きいのよね。
素晴らしい物理的パワーの持ち主と言える。
ひよこ島に戻り、深呼吸。
(ドワーフ工芸品が他と一線を画しているのは、魔法の使い方のせいだと言われているけれど……)
「本当はそうじゃないのよね」
ドワーフという種族は、魔臓が脳に集中しているのだ。
よって、魔眼が開花する者が多い。
(ファンタジーな魔法はあっても、起きることには何事も理由があるのよ)




