屋台
すんすんっ。
ミシュティが黒い艶々の小さな鼻を蠢かせた。
鼻先に白い毛があって、ハート型に見える。
気にしていた口周りの斑は移動したらしく、現在は真っ白フワフワだ。
「……何の匂いでしょうか」
「屋台ね」
今日はローランの屋敷の掃除を終えたミシュティと一緒に、王都に調度品を見に来ている。
噴水周りに立ち並ぶ屋台から、ミシュティには嗅ぎ慣れない香りが漂っている。
私は知っているけれど。
(これは間違いなく豚骨醤油……)
「あっ、あの屋台ですね。あの旗、なんて書いてあるんでしょう」
「…………転移ラメンって書いてあるわね。異世界の文字で」
「ラメンのお店ですか? でもこの香りは……コケットのスープじゃなさそうです」
「うーん、多分イノシシ系のスープだと思う」
近寄ってみると、新規オープンしたばかりらしくメニューの立て看板の横にもう一つ大きな簡易看板。
『新規オープンにつき本日半額』とある。
「結構並んでますね。半額でも銀貨一枚……普通のラメンと変わらないのに」
「ラメン一杯、銀貨二枚は中々のお値段よねぇ」
ミシュティはソワソワしている。
食べてみたいのだろう。
「食べてみましょうか」
「はいっ!」
私たちは行列の最後尾に並んだ。
屋台には男性が二人、女性が一人忙しく立ち働いている。
(予想はしてたけど、やっぱり春男とマサオか)
「お知り合いなのですか?」
「女性は知らないけれど、男性は知ってる」
ミシュティが首を傾げた。
目線は屋台の中から離れないあたり、興味津々のようだ。
「二人とも異世人ね。麺を茹でてる方は最近転移してきた人。スープの方は半年くらい前にきた人ね」
「ヨッシーオみたいなお名前です」
「ふふっ、こっちではレインとグリュックゼーリヒカって名乗ってたはず」
「ヨッシーオと同じ世界の方たちなんでしょうか?」
「そうよ。ニホンジンってやつね」
確か以前、マサオはラーメン屋をやりたいと店舗を探してた覚えがある。
屋台からスタートなら、堅実でいいんじゃないかしらね。
「ジューン様、ジューン様。皆さん呪文を唱えてますわ。異界語でしょうか」
「呪文?」
「あ、ほらまたです。マシマシ、マシマシって」
「そこの紙に脂とか野菜を増やせるって書いてあるわね。マシマシってのは、増やすって意味の異界語かな」
「なるほど。なら……お野菜をたくさん食べたい時は、野菜マシマシ、ですね」
「そうそう。ミシュティは言語学に興味ある? 才能ありそう」
「そうだと嬉しいですけれど、異界語は発音がとっても難しいです」
(女性は……こっちの人ね。水魔法を使ってる)
器は陶器製、お客さんは食べ終わったら女性側の前にある板の上に食器を返していく。
女性はテキパキと魔法で器と木製のスプーンやフォークを洗い上げている。
何人か箸を使っている人もいるが、こちらは使い捨てのようだ。
(あんまり気にしたことなかったけれど、衛生と洗い物問題は魔法があれば簡単。なるほど、屋台が多いのはそういう事情もあるのかも……)
「あ、ジューンじゃん」
順番が来て、目の前の壺に二人分の料金を入れると顔を上げた春男が素っ頓狂な声を上げた。
「通りがかったもので。開店おめでとう」
「あ、ありがとう。そそその可愛い猫さんは一体!」
「ケット・シーよ。妖精族ね」
「なんと可愛い! マサオ、ケット・シーだぞケット・シー」
「なんだってー! ……やば、尊すぎね?」
注目を浴びたミシュティが、恥ずかしそうに私の背後に隠れた。
「仕事しなさいよ」
「あ、はい。ニンニクいれますか?」
二人は気まずそうに仕事に戻った。
私とミシュティは麺を半分にしてもらい無事に注文を終えた。
周囲には簡易テーブルと椅子があるので、そこで転移ラメンをいただく。
「!?」
ミシュティが一口食べて、固まった。
「美味しいです、美味しいんですけれど……」
「お湯あるわよ」
ミシュティはしょっぱいです、と涙目になっている。
私はお湯の入った水筒をミシュティに手渡し、熱々のラメンに取り掛かった。
(野菜はキャベツとモヤシ。お肉は……山河イノシシかな?)
山河イノシシは一応魔物だけれど、限りなく家畜の豚に近い。
五百年くらい前から安価で流通するようになったお肉だ。
魔物の魔臓無し個体を交配して作られた家畜が、再度野生で魔物と交雑して発生した品種。
(逆輸入っていうのかしらね?)
「ほわ、お肉柔らかっ」
「美味しいですぅ」
ヤサイマシマシという呪文を唱えたので、麺は半分にして良かった。




