調印
「初めて来たけれど……陰気な島ねぇ」
カルミラがモゴモゴとくぐもった声で呟いた。
「死霊しかいないもの、そうでしょうよ」
島の中心部には大きな古城。
北は湖、西は森、東は遺跡っぽい何か。
南側は砂浜と荒地。
「ふ−ん、南以外は断崖絶壁なのね。動線を限定出来るから、悪くない」
「東のアレ、遺跡なのかダンジョンなのか聞いてみないと。使えるかもしれないし」
「そうね」
私とカルミラは城門まで進み、甲冑姿のスケルトン歩兵に取り次ぎを頼んだ。
すぐに執事スケルトンが現れ、案内される途中でケルベロスが二匹、大喜びで駆け寄ってきた。
「あらあらあら! あなたたち元気かしらぁ?」
どうやらカルミラがラウバッハに譲渡したケルベロスたちらしい。
番犬には丁度いいわね。
私はケルベロスに話しかける着ぐるみを見つめながら、こみ上げる笑いを抑えた。
島は全体的に青黒かったり灰紫といった曖昧な雰囲気で、それが入り混じって陰惨な色を纏っている。
そんな中に真っ黄色の派手な極陽鳥(雄)の着ぐるみ。
しかも中の人は退位したとはいえ、正真正銘の女王様だったのだ。
面白すぎて震える。
石畳の回廊にコツ、コツと私の靴音が響く。
カルミラの着ぐるみ足からは特に音がしないが、ピヨピヨ鳴れば面白かったのに。
私は首元の黄色いスカーフを指先で整え、案内役のスケルトンについて行った。
《よく参られた》
テーブルに着いた私たちにラウバッハが紙を差し出してくる。
聴覚のないリッチキングなので、筆談一択。
カルミラとは事前に打ち合わせを書簡で済ませているらしく、持参した契約書に調印するだけで良いらしい。
私は向かいに座ったこの城の王をそっと観察した。
やや色褪せてはいるが、深紅のローブに黄色の豪華なマントを羽織っている。
《極太鳥とは珍しき。真、美しき黄色である》
《そうでしょう?戴冠式にいただいたものなの》
カルミラは翼を無駄にバタバタさせるだけで、ペンを持てなかった。
仕方ないので私が代筆する。
(腕周りに電極、腕は翼の中。前もろくに見えていないでカルミラはどうやって調印する気だったのかしら……)
出かける直前に思いついて着込んだ着ぐるみなので、絶対そこまで考えてなさそうだけれど。
私は契約書をラウバッハに手渡した。
内容はシンプルで、勇者と魔王の最終決戦地に島ごと全部使わせてくださいというものだ。
ラウバッハはイベント終了後、原状復帰で返してくれれば良いとのことだ。
なんと死霊兵まで貸してくれるみたい。
勇者が島に乗り込んで来たら、ラウバッハ自身はペットのケルベロスと共にカルミラ城に賓客として滞在する模様。
(原状復帰って博打過ぎる気がするけれど。どこまで損壊するか、予想も難しいから仕方ないのよねぇ)
筆談は円満に続き調印は片翼を脱いで、カルミラが魔力を通した。
真っ白な肩と腕に二十本以上の電極が刺さっていて、何とも言えない光景だったわ。
苦労して翼を再度装着し、今は東の遺跡っぽい何かについて情報共有をしている。
《なるほど、あれは枯れダンジョンで今は城内の地下牢と繋がっていると》
《さよう。地下牢とは名ばかり──現在、ムグラとガルドの寝室である》
ムグラとガルドはさっきのケルベロスである。
《理解したわ、ありがとう》
それをどうするかは魔王組合で決めればいいことだし、間取りさえわかってれば問題なさそう。
私たちはラウバッハに別れを告げ、カルミラの城に戻った。
私は寒くて仕方なかったのだけれど、着ぐるみを脱いだカルミラの顔は真っ赤だ。
「のぼせたわ……」
素敵な着ぐるみだが、通気性は最悪だったらしい。
侍女たちに電極を抜かれた肌には一瞬血が滲んだが、すうっと傷口が閉じていく。
(さすが吸血鬼。驚異的回復ねぇ)
エルフの身体能力も相当なものだけれど、瞬時に傷が塞がるほどの回復力はない。
治癒魔法なしでは無理。
青いドレスに着替えたカルミラは、機嫌良さそうにくるりと一回転した。
「これで一つ案件が進んだわ、やれやれよねぇ」
「死霊兵貸してくれるのは嬉しい誤算ね」
私の言葉に、カルミラは真剣な顔で頷いた。
「医療費がかからないのは、本当にありがたいわね」
「そうね。彼らは自己再生出来るから」
もちろん条件が整っていれば、である。
そこは魔王組合で手厚くフォローすればいい。
私とカルミラは微笑みあって優雅にワイングラスを合わせた。




