古都
王都のお屋敷で優雅に一晩を過ごした翌日、旧都市ローランの屋敷を見に行くことになった。
幸いミシュティが既に一度ローランに行ったことがあるということで、転移するだけで済んだ。
馬車で行くよりははるかに楽。
(技術はあるはずなのに、交通に関しては発展しないのよねぇ……)
やはり転移という手段があるからだろうか。
過去に何度も鉄道を敷くという案は各国であったらしいのだけれど。
「交通、ですか」
ミシュティは出発前のお茶の準備中に首を傾げた。
「そう。過去にいろんな世界の人が転移してきているでしょう? なのにずーっと馬車のままって不思議じゃない?」
ミシュティは考え込んだあと、言葉を選びつつ口を開いた。
「馬車の他には龍車や魔物が引くものもありますけれど……やはり転移が便利過ぎて、でしょうか」
「そうとしか考えられないのよね」
「鉄道、の話は聞いたことがあります。でも維持が出来ないので、立ち消えになったと」
動力が、魔核か埋没資源である石炭や石油。
高い魔核を避けて、埋没資源で賄おうとしても石炭や石油自体が普段遣いされていないので、それを掘り出す初期コストが莫大になってしまう。
要するに、それを維持できるだけの利用量があるか? ということになる。
転移魔法がなければ、実現していたかもしれないけれどね。
「確かに馬車で事足りてますものね。遠方ならお金を払って転移した方が早いですし」
「そうね。やっぱり転移が便利すぎるのよねぇ」
ミシュティはテーブルをきれいに片付け、出発のために外套を着込み始めた。
「転移持ちは希少ですけれど、職業として転移師が成り立っている以上……お金さえ払えば誰でも希望の場所にすぐ行けるというのは強いと思います」
「そこよね。転移師の等級次第だけれど、お金さえ払えば行けるというのが馬車以上の交通が発展しない理由よねぇ」
うんうん、と納得した私たち。
ミシュティは思い出したように付け加えた。
「私の家族、転移持ちは私だけなんですよ」
「そうなの?」
「超長命種の方々は大抵時空魔法に適性がありますが、一般的には稀有とされてますから。私に転移能力があると分かったのは、二歳のときで」
「二歳!」
「幸い、近距離転移だったので事故にはならなかったのですが、四十歳くらいまでは親に転移封じの首輪を付けられてました」
「まあそうよね、子供のうちは心配だものね」
視界が揺れ、転移が完了した。
目の前は赤い石畳の街道で、モコモコに着込んだ人々が行き交っている。
「さすが古都、いい雰囲気だわ」
「旧ロウラン王国は魔法大国ということで、その首都だったローランは今でも魔術師や魔道具職人が多いと聞きました」
往来の賑わいの割には静かな街。
建物は古いものだけで、新規建築は不可なんだそうだ。
「地面に埋まってる魔核動力線や、空中の魔法陣に触ってしまうからだそうです」
「完全なる管理をされた魔法都市ってことなのね」
ちらりと見ただけでも、魔導技術の高さはすぐ見て取れる。
(こんな技術を持っていて、敗戦後も維持できている国が何故歴史の浅いアルシアに敗北したのか……)
ちょっと気になるわね。
そのうち機会があれば調べてみようかな。
「見せていただいた地図ですと、ジューン様のお屋敷は南側の旧貴族区……現在は富裕層の住宅街にあるようですね」
「ふうん? いい場所なのね」
「北側にスラム街があるので、そこだけは非常に治安が良くないと聞いております」
「なるほど……」
「あ、多分ここですね。付箋に書いてある赤い建物はここしかありません」
ミシュティは立派な鋳鉄の門に、防犯魔法解除の金属片を押し当てた。
「ちょっと待ってね。先に防犯魔法組んじゃうから、中は一緒に見ましょう」
「はい、ジューン様」
知らない街なので外周には念の為三重の防犯魔法を掛けたあと、お屋敷の扉も同じようにミシュティに開けてもらう。
「とりあえず二重に防犯しておくか。全部見てから増やすかどうか決めるわ」
そっと邸内に足を踏み入れると、埃が舞った。
「くしゅん!」
ミシュティが身を震わせ、ハンカチを差し出してきたので素直に鼻と口を覆った。
(さすがのアマンダもこっちまでは手入れできなかったのね……遠いものね)
分厚く積もったホコリ、壁の蜘蛛の巣。
長年空き家だったのがよくわかる有様ではあるけれど、煉瓦をしっかり積んで建てられているので、見た目も質も良いお屋敷だ。
「壁紙は剥がれや欠損がないので、埃さえ払えば大丈夫そうですし……床も破損は無さそうです」
一通り見て回り、ミシュティが掃除さえすれば問題ないと太鼓判を押した。
有能メイドがそう言うなら、間違いない。
「すぐ住みたいわけじゃないから、時間のある時に整えてくれればいいわ。調度品を買うなら、ひよこ島の予算箱から出していいから」
「はい」
(私より絶対お掃除上手だし、ミシュティにここはお任せでいいや)




