茶店
「水質調査ですか」
ここ掘れ組のゴン太さんは、パラパラと書類をめくった。
「うちの組はコボルトが多いですが、ウンディーネも数名いるんです」
「なるほど」
「彼らは水中探索が仕事ですから。水質調査もお任せください!」
連絡や移動はミシュティに一任すると一筆書き、契約を済ませる。
ゴン太さんは微笑みを浮かべつつ、軽く息をついた。
立派な尻尾も力無く垂れ下がっている。
「あら、どうしたの? 元気ないじゃない」
「私事なんですが、息子が愛玩犬になるって書き置きを残して出奔しまして」
「最近アルシアでも愛玩勢見かけるわよ」
「愛玩犬になり隊コボルト協会に問い合わせたんですけどね、登録があったんで間違いなさそうで……」
「長い名前ね……」
「略して愛コボですよ。魔界から人間社会に行くにあたって、色々制約があるじゃないですか」
「魔界情報の秘匿とか?」
ゴン太さんは少し笑顔になり、頷いた。
「人間社会に紛れ込むルールも細かく決まってまして」
「ああ、十五年経ったら失踪しなきゃいけないのは聞いたことあるわね」
「そうそう、最長で十五年がリミットです」
「寿命が普通の犬じゃないものねぇ。人間より長生きだしね、コボルト」
「愛コボの主旨は見知らぬ土地に行く同胞同士、現地で助け合うのが目的なんですよ」
私は出されたコーヒーを飲み、ゴン太さんを見た。
フワフワの金色の犬にしか見えない。
が、コボルトは妖精さんだ。
「詳しいわね」
「私も若い頃に一回やりましたからね。だいたいみんな一度は通る道なんですよ」
(えっ、そうなの?)
「何ていうんですかね、反抗期と言いますか……自分探しの旅みたいな?」
「知らなかったわ……あれは反抗期の子たちなのね」
「大体は一回やったら満足するんですけどね。何度もやる中毒者もいるので。そういう者は千歳超えてるんじゃないですかね」
「中毒。ずっと愛玩犬やってるのかしら」
「記録では五十回以上やったというコボルトもいますから、ずっとやってると思います。依存症なので専門の外来もあります」
ゴン太さんはまた心配そうにため息をついた。
「一回で帰ってきますようにって思ってるんですよ」
(思ってたよりシステム化されてる……)
愛玩犬勢が昔からいるのは知っていたけれど、そんな事情があるとはねぇ。
愛玩犬になり隊コボルト協会、一応正式名称はメモしておこう。
私はゴン太さんに挨拶し、ここ掘れ組を後にした。
魔界の首都クーンは島全体が商店街と旧王城なので、商売や仕事をする建物はある。
ホテルや寮はあるが、旧妖精区以外では個人の居住住宅はほぼ無い。
カルミラは旧王城住まいなので、別だけど。
みんな諸島の何処かから通ってきているのが、クーンの特色だ。
レスターが住んでるのは長命種が多い東の島だし、フレスベルグは若者が多い街のある北の方の島。
(自由に引っ越し出来るのは良いのよね、魔界は)
群島なので、場所はいっぱいある。
好きな場所に適当に住み着いて、楽しく生きているのが魔界流なのだ。
街の外れまで、徒歩一時間あまり。
次の約束まで時間があったので、転移ではなくのんびり散歩しながら目的地に向かう。
(セレナと喋るのは楽しいけれど、場所選びが限定されちゃうのよね)
人魚が気軽に来れる場所じゃないとね。
向かっているのは人魚が経営する、軽食が美味しいカフェ。
水面と床が入り組んでいて、人魚もそれ以外の種族も楽しめる設計になっている。
「今月のおすすめパスタは何かな……」
このあたりだとリーズナブルに利用出来る人魚対応店はそこくらいしかないから、予約必須の人気店である。
「トマトソース系のならパスタにしようかな〜」
今日の胃袋にクリーム系はちょっと重い気がするのよ。
店について、名前を告げると店員のマーメイドに席に案内される。
セレナはもう来ていて、一杯やっていた様子。
「ジューンも飲むでしょー?」
「飲むわ」
頷いたセレナは案内役のマーメイドに、スパークリングワインをボトルで注文した。
お酒を飲むならパスタは要らないわ。
(満腹だとお酒が美味しくないのはなんでなんだろう)
「あ、今日のおすすめは牡蠣よ」
セレナが嬉しそうな声を上げた。
牡蠣とスパークリング。
最高じゃないの。




