報告と商店街の物件
「遠めから見掛けただけだから」
「あの蛇はですね、もう何十年も討伐出来てないんです。固い上に魔法も効きにくいし、大きいし毒もあるんですよ。」
いえいえ、100年以上前から徘徊してたよ。
心の中でツッコミつつ真面目な顔をしてチェシャの話を聞く。
「とりあえず報告はしたということで、今日は帰る…」
「お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね!進展あったらお手紙出しますので」
忙しそうなチェシャ別れを告げ、併設食堂で一杯だけケヴェを飲んで帰ろう。
半額だしね。
レモン入りケヴェを受け取って隅っこに座ってゆっくり飲んでいると、隣の席の若いパーティーが話し掛けてきた。
男性3女性2のパーティーだ。
オリハルコンの鎧と魔剣に興味津々だ。
いい鎧とは!剣とは!で盛り上がった。
エルフ怖くないのかね、この子ら。
女の子の一人は前衛らしく、防具を新調するか迷ってるらしい。
私は無理してでも買えるなら防具は良いのを買った方がいいかな、武器より優先順位高いと思うと答えた。
思い返してみると…女性の戦闘装備って露出高いの見たことないなぁ。
谷間やらお腹、太ももなんてがっちり装備だよね。
刺されたら死ぬもん。
ビキニアーマーとかむしろ急所丸出しだし。
やっぱり想像の産物だから実用性は無いかな。
物理的な意味で普通に危ないよね。
賑やかな彼らに別れを告げて、領主の森の転移点までトコトコ歩く。
ああ、街中に転移点確保したい…
途中、洗濯物を取り込んでいるメアリの前を通りがかったので数日"お勉強"に行かない話をして森に入り、やっと転移して帰宅。
特濃魔力水でお風呂だ。
「うわーーーつっかれた」
衛生魔法で大きな汚れは取ったけど、サッと髪と体を洗ってお湯に飛び込んだ。
あんなに走ったのって本当に久しぶりだ。
アンディ君、30kgくらいあったと思うし。
次回ハグイェアに行くときはのんびりゆっくり一人で行きたい。
………髪も随分伸びたなぁ。
もちろん自然に抜ける髪はあるけれど、私の髪の毛はすごく伸びるのが遅い。
今、腰近くまであるけれど5000年くらい前にバッサリとショートカットにして以来
数百年に1回毛先を整える位しか切ってない。
ロングヘアに不便は感じて無いから構わないんだけどね。
髪は魔力の宝庫だし、特に私の髪は媒体としても優秀だ。
でも身体から離れたら消えちゃうから、使い勝手悪すぎて出番は滅多に無い……。
明日は街中の拠点探し。
あと、キャンディにプラナをあげに行こうかな。
気分が乗ったら一緒に襲歩に行ってもいいかもしれない。
ゴブリンは明後日ね。
髪を乾かした後、道中買い込んで来た物を広げてお一人様パーティーだ。
お米のお酒がいいな。
味はそのまんま日本酒だし、美味しい。
私は米酒を取り出して、一緒に買ったお猪口で飲み始めた。
おお、すっごい辛口。
すっきりしていて飲みやすいわぁ…
旨味と少しの酸味、キレのあるいい酒だ。
紙のラベルを見ると米の酒と書いてあるけれどめだつように【夜ひと夜】とある。
私にはわかる、これは日本語だ。
こっちの人はなんかの模様かロゴだと思ってるけど。
この酒蔵、創始者が転生か転移して来た人なんだろうなぁ。
買ってきたおつまみも悪くない。
テウと呼ばれる茄子みたいな野菜のピクルスだけど、米酒に合うわー。
肉厚な白身魚の塩焼きも実に美味しい。
あと、ポテトフライ。
芋類はホラーチって呼ばれてるけど、揚げたものは何故かポテトフライなのよ。
考案者の出自が良くわかるネーミングよね。
色々買い込んだけど、今日のお供はこれで良い。
結果、この日もソファーで寝落ちたみたい。
起きたら昼過ぎだった。
シャワーを浴びて、出掛ける支度。
私はメイの姿で街にいってヴィルヌの輪で昼食をとることにした。
相変わらずランチは肉か魚だけど、今日はパスタもあるみたい。
貝のパスタを注文して、ピーネの香りがする水を飲んでのんびり待つ。
当然ながらこの世界では水は有料だよ。
貝のパスタって言ってたけど、これはボンゴレビアンコだね。
ちょっと味が濃いけど美味しい。
ここほんとは夜がメインでお酒飲む店だもんねぇ、そういう味だ。
同じパスタを食べている隣の席のおじさまは堪えきれずエールを注文している。
店は行列になっているのでさっさと食べて席をあける事にした。
自分に消臭魔法をかけ、貸し部屋か貸倉庫がないか歩き回って探してみる。
幾つかあったが国民証がいるらしい。
メイの姿でジューンの国民証はバレたら問題になりそうだし…
堂々とエルフで借りに行った方がよさそうだ。
人が周囲にいないのを確認して、変化魔法を解除してゼライ不動産に向かうと
ちょうど昼休憩から戻ってきたゼライさんに会ったので事情を話してみた。
宿屋の長期滞在は出入りの時に見られる可能性が大きいので却下だし。
魔馬を買ったので…どの時間帯でも出入り可能で、少量の荷物を置けて着替える事が出来る場所を街の中心部で確保しておきたいという名目で。
「あると思いますよ、紋章付き国民カードがあれば家賃さえあれば問題ないかと。
ただエルフさんだと月々じゃなくて年払いになっちゃうかもですが」
事務所で物件がまとめられた冊子を見せてもらう。
シェアハウス…ダメ。
一軒家の二階部分…ダメ。
物置小屋…近外すぎる。
うーん、希望に合うものがない。
「ゼライさん、中心部で私でも大丈夫そうな
販売物件はない?」
「幾つかありますよ。売り主次第になりますが」
あ、これいいじゃない。
商店街の一番角の小さいお店。
「ああ、ここですか。ここはまだ近所に売り主が住んでらっしゃるけど、売れたら息子さん夫婦の所に行きたいらしくてね。
一等地なのと希望価格が強気なもんで、なかなか売れずに2、3年経ってるんですよ。
薬師さんのお店ですから、清潔なのは保証しますよ」
見に行って見ますか?
私はゼライさんと一緒に5分ほど歩いて商店街に行くことにした。
その物件は平屋の小さなお店だった。
昔日本で見たタバコ屋さんみたいな感じで、道路に面した窓が販売口ってタイプだ。
窓際にカウンターと小さな椅子があるけど、とにかく狭い。
建物の奥行きはもうちょっとあって、極小部屋が一つ。
本当に狭いけど、本来の目的には合ってる。
「場所は良いんですけどねえ、建物の形と土地が今の時代だとあまりにも小さすぎてね。
ですが、ジューンさんの希望には合うんじゃないですか?
窓は板で塞いでしまえば目隠しも万全ですし」
売ってくれるかどうかなんだよね。
強気な値段でもいいよ、別に。
私、エルフだし文句言わずに買うわ。