引越
「ふぁーーーーぁ」
腕をうえに伸ばすと、バキバキと嫌な音がする。
姿勢を変えず寝ていたせいね。
「まずはぁ……温泉に入ろうかな」
ハーブ水を取り出して飲み干したあと、寝室から温泉の脱衣スペースに直接転移。
屋敷横の温泉は、私専用だから自由でいいのだ。
お客さん用には、裏手の方に別の湯殿を作ってある──温室を作ったついでに、ミシュティが手配したものだ。
(風呂に入っていきそうなお客さんって──レスター、フレスベルグ、アマネ、ティティくらいじゃない?)
ポチ温泉に入りたいと言っているのはネモだけだし。
本人曰く、骨だから脱衣所なんていらないと言うことだがいいんだろうか……。
「骨って全裸とかそうじゃないとか、どういう線引きになってるのかしら?」
大きな浴場に、私の独り言が響き渡る。
お肉がちょっと残ってるタイプの人たちは、胸とか下半身はちゃんとお洋服で覆ってるのよね。
気になるっちゃ気になるけど、聞いちゃうとセクハラになりかねないから聞くに聞けないのよね。
「あー、極楽極楽」
しばらくして、ミシュティのシルエットがガラス戸の向こうに映り込んだ。
「あら、ミシュティどうしたの」
「おはようございます、ジューン様。凍らせた果物はいかがかと思いまして──」
「良いわね、貰うわ」
銀盆に盛られた果物は、いい感じに凍っている。
硬くならないギリギリのラインだ。
(完璧な凍らせ具合だわ……さすがミシュティね)
結局、「せっかく来ましたので……」という理由で、ミシュティのボディケアフルコースを受けた。
仕上げのマッサージはほどよい力加減に、肉球。
ふに、ふにっとした肉球の感触が何とも気持ちがいいのだ。
「んあー、一生マッサージされてたい」
「ふふ、いつでもお申し付けくださいませ」
沢山眠ったからか、頭も冴え渡っている。
夢で見たことはだいたい覚えてるけれど、奥底に沈殿させた記憶も結構あると思う。
人間社会でも、夢は記憶の整理とも言われてるし……眠るというのは、生き物にとって体力面だけではないメンテナンス時間なのかもね。
「あー、うん、そこそこ。はぁ、寝てる間何かあった?」
「外部からの連絡で、急ぎのものはありません」
「ええ」
「島内の出来事で、お耳に入れたほうがいいかなと思うのはポチさんの事です」
「ええ。……え? ポチ、またなんかした?」
「ポチ温泉の北の山の頂上付近に、大きな洞穴を作ってます」
「…………」
「あ、大きいと言ってもポチさんが入れる程度なので、崩落の危険は無いです」
「山で何かしてそうだとは思ってたのよ。まさか洞穴を掘ったとは……完全に引っ越す気ね」
「元々のポチさんのお部屋はどこなんですか?」
「デジュカの秘境にある山のてっぺんにあるんだけど……うーん、一回見てきたほうが良さそうね。ポチ、整理整頓出来ないドラゴンだから」
「散らかしやさんのドラゴンって、確かに見ないですね。綺麗な巣しか見たことないです」
「まあ……龍は『食物』を必要としないから、巣に持ち込まない。だからあまり汚れる理由がないんだけれど。ポチはガサツなのよ」
「ガサツ……?」
ミシュティは、ハーブティーを冷やしながら少し驚いた声を出した。
「普通剥がれた鱗とか、要らないものは風で外に吹き飛ばすじゃない?」
「はい」
「ポチは巣の奥に吹き飛ばして知らん顔してる」
「でも、奥には宝物があるのでは──」
「そうよ。だからポチの巣はゴミ屋敷っぽいの」
「ゴミ……と言ってもレアアイテムばかりな気がしますが」
ミシュティが良いところに気が付いた。
「ポチと再会したのは数百年ぶりだったでしょう。あの山で大量の芋を揚げた日よ」
「はい、アルシア北部のですね」
目の前に冷やされたハーブティーが出されたので、美味しくいただいた。
添えられたタマゴサンドも。
「あのあと、私は一回巣に行って大掃除してるの。貴重な素材は根こそぎ確保してある」
「お片付けしてあげたのですね」
「なのでポチの古い巣には、本人の宝物しかなかったはず」
龍が大好きなのは金、ミスリルやオリハルコン、宝石類だ。
人間たちの装身具や金貨がコレクションに加わることもあるが、ほとんどは原石のまま持っている。
(鉱石や原石が多いのは……内容魔力のようなものに惹かれて集めてるから、としか思えないのよね)
逆に、宝飾品は供物だったりたまたま拾ったものが多いようだ。
キラキラするものが好きなのも本当で、宝物にはガラス玉も混ざってたりする。
ただ──それ狙いで人里を狙うようになった龍は討伐対象にされる。
龍たちの実際の宝物選別基準がどうなのかは、推測するしかないのよね。
何しろ彼らは人語を喋らないのだから




