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前世の記憶は役立たず!~エルフに転生したけれど、異世界が世知辛すぎる~  作者: 藤 野乃
スローライフ所望のエルフ

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治療


「涙に油分、ですか。考えたことありませんでした」


 ミシュティは自分の涙に油分が無いという事実に、首を傾げた。


「睫毛の根元近くにそういう腺があるの。簡単に言うと、そこから出た微量の油分が蓋になって涙液の蒸発スピードを緩和してる」


「なるほどです」


「あなたの場合、山の主の高熱腐食ガスのせいでその腺が潰れちゃってる……ガスの含有魔力が、ミシュティ自身の魔力と拮抗してて治らない」


「だから、油分が無いということに……」


「そう。さらに言うなら涙が排出されている通り道が開ききっちゃってる」


「まあ! 涙が目に残らないで、全部流れていっちゃってると……」


「それもガスの魔力のせいね」


 ミシュティは納得したかのように、手鏡を出して自分の瞳を覗き込んだ。

 尻尾がゆらゆらと揺れ、耳は外を向き集中している様子。


「じゃ、治しましょうか」


「治るんですか? 嬉しいです! もちろんお任せいたしますわ!」


 ミシュティは不安などないといった様子で飛び跳ねて喜んでいる。


 (信頼されているのは嬉しいけど、信頼しすぎなのでは……大丈夫なのかしら)


 なんだか違う意味で心配になってくる素直さである。


 小さな部位の治癒魔法は、精密な魔力操作が命。

 幸い私の得意分野だ。


「腺の火傷を治すだけ。涙の通り道も元に戻すだけ」


 理屈は簡単だ。

 技術自体も、難しいものではない。

 魔力操作だけが高水準で要求される。


 (ただ、妖精さんのこの魔力を掻い潜らなければいけない)


 ガスとは言え、ミシュティの瞳は長年にわたって龍の魔力と拮抗出来るレベルの魔力補完率である。

 慎重にやらないと大事故だ。

 ミシュティは信頼しきっているのか、くったりとソファーに身体を投げ出し、動かない。


「終わったわよ」


「まあ! こんなすぐに……」


「今日はもう帰って、目を休めるのが良いわ。ファンクラブの会報やテレビは無しよ」


「はい、ジューン様」


 ミシュティは瞳孔の開いた瞳をパチパチさせた。

 効果はすぐに出ると思うけれど、今日はお休みにして構わないわ。

 私は私でやることがあるし。


 (カルミラに呼ばれてるのよね……)


 カルミラ城に転移すると、カルミラは輸血中だった。

 相変わらず、難儀なことだ。


「ああ、どうぞ座ってちょうだい」


 カルミラの優雅な白い腕が上がり、ソファーを指し示した。

 私は黙って座ったあと、用向きを尋ねてみた。


「で、何かあったの?」


「いっぱい話したいことはあるの。とりあえず、最終決戦地のレンタルの話から」


「ああ、ラウバッハの……」


「レンタル代金はね、うちのケルベロスになったの」


「ケルベロス」


「あの人、見る目あるのよ〜? 若い頃、ケルベロス飼ってたんですって!」


「はあ、そうなの?」


「私のケルベロスが素晴らしいということがちゃんとわかってるのよ」


 カルミラとラウバッハは『犬友』になったらしい。

 まあ、ケルベロスは可愛いものね。


「価値をわかる人に譲れるのは喜ばしいことよ、でもとりあえず初回はオスだけにしたの」


「あ、もう譲ったのね」


「ええ、二匹だけね」


 (確かにほぼ死霊しかいないラウバッハの島は、次元の狭間が本来の棲息地であるケルベロスと相性は良いでしょうね……)


「細かい約定はまだなのよね」


「ええ、それは次回の進捗会議で詰めていくわ」


 輸血が終わり、カルミラはゆっくりと立ち上がった。

 メイドがグラスにワインを注いで退室したあと、彼女は声を潜めて囁いた。


「フレちゃんが反抗期っぽいのよ」


「反抗期って、もう大人じゃないの」


「それはそうなんだけど、聞いてちょうだい。アマネちゃんを泊まらせるのはダメだって言うの。ひどくない?」


 (本題はこっちか……)


「お部屋は三部屋用意したの。寝室も含めて」


「う、うん」


「フレちゃんのお部屋だって三部屋あるから、依怙贔屓じゃないのよ?」


 やはり、カルミラはフレスベルグの親離れ(?)に気持ちが追いついていないようだ。

 愛情深い吸血鬼たちは、しばしば他種族から『愛が重すぎる』と評されている。


 (性格、と言うより種族傾向なのよねえ)


 フレスベルグはカルミラを嫌っているわけではなく、大切にしているのは間違いない。

 ただ、今は自分と似た境遇の子供──守るべきものが出来たので、何かと余裕がないのだと思う。


「反抗期はあったほうが良いんじゃない? きっとフレスベルグも頑張ってるのよ」


「そう……かしらねえ?」


 カルミラは腑に落ちなさそうではあるが、なんとなく現実を見ることにしたようだった


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