ハグイェア大森林②
夜の森は意外と静かではない。
うるさくはないけれど、虫や鳥の鳴き声。
羽ばたきの音、下草や木の揺れる気配。
おそらく昼間より多くの魔物が活動している。
安全そうな場所は見当たらず、結局朝陽が微かに森を明るくするまで索敵しながら歩いた。
途中、魔物も何体か仕留めてある。
落ち葉が堆積してるので見えなかったが、足元に違和感を感じて周囲を観察すると何かが散乱している。
冒険者の遺品かな。
落ち葉を避けて周囲を探すと朽ちた布や錆びた剣、遺骨の一部、ギルドカードが4枚見つかった。
こういうのは持ち帰らないといけない。
どれが誰の骨かはギルドの鑑定士が選別するので、清潔な布に一纏めに包んでカードと剣も回収した。
回収しきれてない骨のアンテッド化の心配はないと思うけど、一応小粒の聖核をばらまいておく。
問題は4名かそれ以上のパーティーが全滅する何かがこの付近にいるということだ。
時々風が木を揺らすタイミングに合わせながら索敵魔法で周囲をしっかりサーチ。
しばらく用心しつつ進むと何かの反応があった。
竜骨と金属の残骸。
形状からして使役されてるタイプの飛竜だろうか。
金属は……箱かカゴ?
墜落したのはわかるけど、中身がないので何を運んでいたかはわからない。
何かが遠ざかる気配を感じたので、そーっと後を追ってみたんだけど、正直遅い。
追い付いちゃいそうだったけど切り立った崖の下で逃げ場が無くなったのか
震えるゴブリンが1、2……7人。
エルフ、エルフ、シヌ、コワイと囁き合っているが全部聞こえているよ。
「とって食いやしないわよ」
両手をあげてヒラヒラさせてみた。
ゴブリン達は暫く相談していたようだが、代表者が決まったようだ。
「美しき緑のエルフにゴブリンのモディが、ご、ゴ挨拶、モ、申し上げマす…」
「ゴブリンのモディ、我が名はエルフのジューン」
で、君たちここに住んでるの?
ゴブリンは妖精族。
いたずら好きで騒がしいやつらが多いけれど、そこそこ社交的な種族だ。
濃い紫から薄い紫までいろんな色のゴブリンがいる。
お喋りはそんなに達者ではないゴブリンが一生懸命教えてくれたのは
このゴブリン達は家族で、ヴィランテ大陸から天空の移動大陸デジュカに向かってる最中だったらしい。
途中魔物に襲われて飛竜が墜落したのだが、森のクッションがあったおかげでゴブリン達は助かったのだと言う。
大怪我をしていた飛竜はすぐに亡くなってしまったらしい。
脱出しようにも周囲は強い魔物だらけ、子供を抱えては無理な移動は出来ないと言うことで
洞穴を見つけて雑草を食べつつ生き延びて来た模様。
正直、誰が大人で誰が子供なのかわからないけども。
色が濃いのが子供か?それとも逆?
見れば見るほどわからない。
コワイ魔物がイッパイ!
何が怖いのかと聞いたらオッキイ!ヘビ!と口々に叫びだしたので静かにするよう言い聞かせ、大きいヘビならもう倒したと教えたのだが、ゴブリン達は懐疑的な顔をしている。
ハグイェアヘルペトンの頭を目の前に出してやったら、ゴブリン達は逃げ惑い、ぶつかり合って気絶したり大騒ぎになったので
すぐに頭は片付けたけれど
本当にゴブリンはコミカルな動きをする種族だなぁって感心したわ。
暫くしてゴブリン達が落ち着き、洞穴へ案内された。
雑草でもてなそうとしてくれたが、そこは仕事中なので固辞させていただいた。
「私は仕事中でもう行かなければならないのだけれど、もし森から出たいなら…仕事が終わったら迎えに来てあげるわ」
ヴィランテまでなら送ってあげる。
デジュカにはデジュカのルールで転移出来ないから。
ゴブリン達は喜び、また騒ぎだしたので再度静かにするよう言う羽目になった。
数日中には迎えに行くと約束した後、野菜と果物を出して草食のゴブリンにプレゼントして
洞穴にはこれ以上無いってレベルの隠蔽魔法をかけた。
ここは拠点として使える。
ゴブリンに親切なのは私にも拠点確保のメリットがあるからね。
ゴブリン族に恩も着せられるし、これは良い取引だ。
果物でパーティーを始めたゴブリンを置いて、また探索作業に戻らなくては。
夜まで歩き続けて、地面に落ちたアンディ君の赤い帽子を見つけた。
そうそう、迷子の名前はアンディって言うの。
帽子にもアンディって書いてある。
アンディ君は高い木の枝に引っ掛かっていた。
ずいぶん遠くまで転移したものだ。
鳥のように優雅には飛べないけれど、私はふわりと木の枝まで空中を移動してアンディ君を枝から救出してゴブリンの洞穴に転移した。
急に現れた私達にゴブリンは右往左往して大騒ぎしたが人間の子供を見て静かになった。
コドモ、コドモ、生きテナイ、いやイキテル、と囁き合っているがアンディ君の状態確認が先。
その場で確認しなかったのは危険だったから。
ここならゆっくり確認出来る。
とりあえずまだ生きてて良かった。
3日くらい木に引っ掛かっていた訳だから衰弱はしてる。
もっと高い枝から引っ掛かりながら落ちたようで全身擦り傷だらけで腕には深い裂傷があるけど…骨折はしてないし、内臓損傷もしていない。
あらこの子魔臓が2個ある。
平民と聞いていたけど珍しい。
アンディ君の頬を優しくペチペチしてみたがぐったりして目を開けない。
体温も高いようだ。
詰所まで転移するのは嫌だし、どうにか普通の方法で入り口まで辿り着きたい。
自分の都合優先で酷いかもしれないけど、私には私の都合があるのだ。
そしてこの子は死なないから大丈夫。
熱の原因は腕の裂傷からの感染と、転移で急激に酷使した魔臓熱かな。
どっちもポーションで治療できる。
痛みのある治療はぐったりしてる間に済ませよう。
聖核を魔力水に入れて傷の消毒。
治癒魔法は無しで深い傷は布を当てて包帯で保護しておく。
ほんとはやらない方が良いんだけど、私はアンディ君に軽い覚醒魔法をかけた。
「ううー…」唸りながら目を開けたアンディ君は半分意識朦朧としているけれど、起きてれば良いので強い魔法は要らない。
「アンディ君、ちょっとお返事してみて」
「うん」
「君、魔物に驚いて転移しちゃったの覚えてる?」
「わかんない」
「怪我してるのわかる?痛いでしょ。美味しくないけどポーション飲まないとダメよ」
「わかったぁ…」
アンディ君は2種類のポーションを頑張って飲み干し、私が出したコケットのスープも飲んだ。
アンディ君が再び目を閉じて2時間ほど経過。
熱が引いてきたのかパチリと目を覚ました。
「トイレ行きたい…」
ゴブリンパパ(多分)が「オレ、男。一緒に行ってアゲル」と言って隣の小さな洞穴に連れていってくれた。
ゴブリンママ(多分)が「あの人、魔法使えるからトイレもきれいにする」と言った。
挨拶に来たのはこのゴブリンママだな。
一番流暢に喋る。
本当に見分けがつかないから、対応に困っちゃうな…。




