エルフは他種族の敵…かも?
水を飲み干し何事も無かったような顔をしているカイだが、周囲の視線を集めてしまったようだ。
令嬢達もこちらを見ている。
ピンク髪が「みなさん、寄ってたかってひどいです!」と叫んでワッと泣き出し顔を両手で覆いながら走り出した。
なんて器用な!
しかも殿下への最短ルートだ。
令嬢達はピンク髪を追ったりはせず、歓談に戻ったようだが
薄ピンクドレスが取り巻きを引き連れてこっちに向かってきた。
私もカイも身分は平民なので、礼をとって黙って待つしかない。
薄ピンク令嬢は柔らかな低めの声で言った。
「カイ、お久しぶりね。さあ、私にお連れのレディを紹介してくださいな」
令嬢はスカーレット・アルエットと名乗った。
艶々の水色の髪が綺麗にカールしている。
琥珀色の瞳がまるで子猫のよう。
「ジューン様とおっしゃるのね。なんてお美しいのかしら!」
アルエット嬢の言葉に取り巻き達が一斉に追随する。
カイがあわてて令嬢と私の間に入った。
何もしないから大丈夫なのに。
「アルエット嬢。ジューンは穏やかなエルフで、面白半分に人間に危害を加えることはございませんが…これはエルフとしては相当あり得ない事なのです。
ジューンは特別なエルフでして。
決してジューンを見てエルフが皆そうだとは思われませぬよう…」
ああ、注意喚起ってやつね。
「わかっているわ、アルフォンス様から聞いてますもの。だからこそご挨拶に来たのよ」
ね、不躾なのは承知してますのよ?
ジューン様、マナー違反なのは存じてますけれど…お姿を拝見してもよろしくて?
まあ!皆さま見てごらんなさいな、絵画から出てきたかのようなお姿ね!
エルフが美しいというのは本当なのねぇ。
髪も顔も何もかも美しいだなんて!
そのドレスもとても素敵ですわ。
殿下が?でしたらきっとマダムピルエットのドレスですわね…
刺繍が得意なブランドですのよ?
ね、本当に見事ですわ!
首のラインも優美そのものですわね、物憂げでほっそりしてらして。
あら?その指輪、ドワーフの…?
素敵!秘境のドワーフだなんてワクワクしますわね…
令嬢達はきゃーきゃーと喜んでいる。
「うふふ、多少なら面白いお話を提供出来ますわ」
私が秘境のドワーフについてちょっとお話を披露していると殿下がやって来た。
やっと帰る時間が来たのか。
私は見ていなかったけど、カイの話によると
ピンク髪は殿下に到達する前に摘まみ出されたようだった。
「アルフォンス様、私達まだジューン様とお話したいわ」
アルエット嬢がちょっと不満を漏らしたものの、殿下がうまく言いくるめてくれたので
トラブルを起こすことなく無事に領主の屋敷から辞することが出来た。
そうそう、領主はコレクション部屋から出てこなかったので挨拶は出来なかった。
そのまま転移で帰りたかったが、冷静に考えたらドレスとコルセットを破壊しないとドレスから解放されない。
せっかくいただいた素敵なドレスなので、お屋敷まで一緒に戻って着替えさせて貰おう。
年配のメイド、メイド長に着替えさせて貰い、今日は疲れたから帰ると殿下に言った後
ニーヴのドラゴンジャーキーをお世話係の執事見習いに手渡して屋敷を出た。
周囲に注意しつつ物陰で転移して帰宅。
犬の居ない自宅はちょっと寂しいな。
短い間だったが楽しかった。
「うあ゛ー」
疲れすぎて変な声しか出ないわ。
メア大陸でうろうろしてる方がまだマシだ。
濃厚魔力水でお風呂に入ろう。
薄い魔力水は貴族の女性に必須アイテムだ。
お肌に良いからね。
濃いのは酔う可能性あるから、万人向きではない。
魔力は自分の魔臓から産み出されるのが基本なので、空気中に魔素なんて無いのよ、この世界。
なので、魔力を補給したければ魔力水、魔核を加工した物が定番。
魔力水のお風呂はお肌には良いけど、補給にはならない。
魔物が魔臓の中に魔核を持っているのはヒト族より魔臓の稼働率が高いのと、そのものの密度が高いから…らしい。
莫大な魔力を持つ魔族とエルフも死んだら魔核が残る事があるよ。
その昔、生きたまま魔族から魔核を取ろうとして大虐殺をした自称研究者のエルフがいてね…
当然魔族に討伐されたんだけど。
そのエルフの研究結果から、魔核は生命活動が終わった瞬間に発生することと
魔力を使い終わって空になった魔核は同属性なら再充填して再利用可能な事とか
今の時代に役立ってる知識が大量に得られたのだけど…
魔族にしてみたらたまったもんじゃないよね。
そのエルフ一人討伐するのに魔族数百人がかりだったんだから今でもエルフを見ただけで攻撃してくる魔族もいるくらいよ。
そのエルフは自分の研究通り、自身も3つの魔核を残したけれど
討伐されるちょっと前に【生きたまま魔核を取り出す魔法】を編み出しちゃっててね…
討伐されて自分の魔核を魔族にくれてやるのは嫌だって、死ぬ間際に自分から魔核を取り出して、その魔法の理論と魔方陣が記載された文書と魔核を使い魔に持たせてどっかに送っちゃったわけ。
それを見ていた魔族が血眼になって探したけど、結局見つからなかったみたい。
今でも"名前を言っちゃいけないエルフ"の魔核と最後の文書は魔族の国でものすごい懸賞金が掛かってるはず。
あれだけは世に出していい魔法ではないので、今後も見つかることは無いと思うよ。
だって、どっちも私の時空庫で保管されてるからね。
濃厚魔力水はちょっととろんとしていて、入浴に使うと気持ちがいい。
化粧水に入ってるみたい。
気のせいなのはわかっているけど疲れが取れる気がする…
のんびり風呂に浸かって髪を乾かし終わった頃には夜になっていた。
コルセットのせいでまともに食べられてなかったし、フェンリルに不評だったアルセンブルグのお肉でステーキでも焼こうかな。
焼き加減はレアが好きだよ。
ステーキと濃厚な赤ワイン。
素敵な組み合わせだと思わない?