異世人の技能(スキル)って?②
「ヨッシーオって、あの暴虐の女王……ジューン様が当番だった回の勇者ですよね。魔界でもたくさん本が出てて、幼児向けから大人向けまで──」
「人間社会でもヨッシーオの英雄譚として、それこそ絵本から学術書、活劇なんかで愛されてるわねぇ」
まあ、ヨッシーオに関しては魔界バージョンと人間社会バージョンで全然違うのだけれど、どっちが真実かなんて野暮な追及をする必要はないのよ。
後世に伝わってることが真実だとされていても、全く問題ないもの。
三千年前の人が異議を唱えるわけも無し。
「魔界ではヨッシーオは娼館の女将と結婚して、子沢山で長生きしたって書かれてますけれど……」
「人間社会では──結婚した相手は聖女とされているし、清廉潔白な人物だったとされている」
「歴史って適当なのですねぇ……」
「そもそもヨッシーオの代の聖女は帰還を希望したから、元来た世界に私の魔法陣で帰ってるから。」
「では聖女様と結婚なんて、あり得ませんね……」
ミシュティはふわふわした自分の手を撫でさすりながら、呟いた。
「歴史は語る立場の人や国の都合がいいように伝わるものよ、少しの真実を都合のいい嘘で飾り立てるの」
そんなものよ、どこの世界でもね?
「どちらの社会の文献にも『ヨッシーオ』だけが記されているのはね、歴代勇者と聖女の中でヨッシーオだけが帰還を希望しなかったからなのよ」
話が長くなりそうなので、私はミシュティに手で着席するよう促した。
ミシュティがふんわりした桃色のスカートを品よく押さえ、椅子に浅く腰掛けたのを見届けて私は話を再開した。
「唯一、この世界に残った勇者はヨッシーオだけ。彼の生涯は、人々の注目の的だったのよ」
「はい」
「他の勇者や聖女は、人間社会側から見たら『いつの間にか行方しれず』になっているから。ヨッシーオはそこからして、稀有な勇者だったの」
「魔界の本ですと、ヨッシーオは女将を伴って天空大陸に移り住み、大往生したとありますわね」
「フフ、そうね。ただ──デジュカで妻である娼館の女将は『聖女』として書かれている。おそらく、このあたりに政治的作為があるんじゃないかしら」
ミシュティは耳を動かし、ピンと張った自慢のヒゲをそっと撫でた。
ぴよん、と弾力を見せつけるようにヒゲが揺れる。
(ミシュティは妖精で、厳密には猫ではない……だけど猫の髭ってなんでこんなに可愛いのかしら……)
「英雄の妻が娼婦では外聞が悪い、と言う理由で後々に改ざんでしょうか」
「たぶんね?本人たちは気にもしてなかったと思うけど」
テーブルの上に適当に出した焼き菓子を摘みながら、私は話を引き戻した。
「そうそう。ミシュティがみた、魔法のような局地的暴風雨を起こす力──異世人の魔法様技能の話だったわね」
ミシュティがワクワクした期待に満ちた顔で、こちらを見てくる。
このメイドは、本当に知識を得るのが好きなようだ。
(私のメイドにピッタリとも言えるわ。本当にいい人材を雇ってよかった!)
「事の発端はね、芳雄、いえヨッシーオの技能が晩年に衰えたり消滅したのを不思議に思った『人間』が研究を始めたことなの」
「意外ですわ。魔界ではなく人間の研究だったとは──」
人間は寿命こそ短いけれど、何かを研究し始めたら驚異的なスピードで結果を出してくる。
母数の多い集団から、頭脳の優れたものが研究者として大成するのなら……
最大母数である人間から天才が出てくるのは、ある意味真理であると言えるのでは?
(少なくとも長命種が千年近くかかって済ませることを、百年で終わらせちゃうのが人間よ)
「人間は短い寿命だけど、優秀な種族だからね。ヨッシーオの協力を得て、何をどのように調べれば結果が出るかまで直ぐに導き出したわ」
「ヨッシーオの晩年の技能の質から、調べるべき事柄を導き出したと」
しゅるり。
テーブルにソフィーが登ってきた。
ミシュティが大きなカップを取り出し、ハーブティーを注ぐと当たり前のようにカップのように滑り込む。
「お風呂……?」
「お茶は減ってますから、飲んでるみたいです」
可愛らしいその様子をしばらく眺めていると、ソフィーはカップから這い出して、避けてあげた焼き菓子の欠片をつつき始めた。
「前から思っていたけれど、カップから出て這い回っても濡れてないのよね」
「はい。跡がつくことはないですし、触れても濡れてないんですよね……」
──水に入る時、身体を魔力膜で覆ってるのかしらね。
不思議な蛇ちゃんだわ、全く……。
「ヨッシーオのメイン技能は、剣聖・超回復・強い雷技能・弱い風の技能だった」
「勇者ならではの技能ですわね」
「研究が始まったのはヨッシーオが七十を越えたあたりだったと思う、確か」
「七十歳!」
「そうなの。だから剣聖と超回復は──衰えてはいたけど、それが加齢からなのか違う理由なのかわからなくて」
確かに高齢となると体力が落ちますものね、とミシュティがソフィーを撫でながら呟いた。




