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前世の記憶は役立たず!~エルフに転生したけれど、異世界が世知辛すぎる~  作者: 藤 野乃
勇者と魔王

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ひよこ島で打ち合わせ②


 温泉付近は暖かかったけれど、さすがに厳寒期の冬なので身体は冷え切ってしまっていた。


 屋敷に入り、ミシュティに上着を渡してゲストームへ入ると既にテーブルの上には魔導ポットに入ったホットワインと軽食が準備済み。


「マグカップにする?」


「ああ」


 レスターは素面だとぶっきらぼうな感じがするけれど、実際はそうでもない。

 冗談も通じるし、楽しい話し相手だ。


「おお、スパイシー」


「はちみつ入れる?」


「いや」


 スパイシーなホットワインはあっという間に身体を温めてくれる。

 少々酔いも回り、お酒も違う種類をとなった頃──


「というわけで、魔法陣の召喚対象はコバルトリッチクラスト一種類にしたいのよ」


「なるほどなぁ、確かに深海の圧力は懸念事項だよな。容積も変動するしな」


 魔法陣の召喚対象についての打ち合わせ開始だ。


「そう言えばよ」


 テンションが上がってきたレスターがニヤニヤしながら言った。


「この前フレスベルグが来た時に、俺は地球儀作ってたんだよ」


「地球儀、なんでまた」


「座標決めやすいだろ?オブジェとしても悪くないしな」


 私は黙ってレスターに続きを促した。


「フレスベルグに、日本はどこだって聞いたらアイツ、ワシントンの横を指差してよぉ」


 私は笑いを堪えられず、声を上げた。

 ワシントンですって?


「た、大西洋じゃないの」


「ほんとアイツ面白いよなー、ククッ」


「面白いのは間違いないけど、転生して五百年経ってるし……十二歳でこっち来ちゃってるから、あちらのことはうろ覚えなのは当然よ」


 レスターの持つブランデーグラスが、ランプの光を受けて静かに煌めいている。

 男性が持つとそんなに大きく見えないのに、私の手にはいささか大きい。


「だなぁ……俺らは大人からの転生だけど、十二歳やそこらでポンっと転生したらなぁ」


「ね。カルミラが偶然近くにいて、すぐ保護しなかったらどうなってたかわかんないもの」


 いくらフレスベルグの潜在能力が強くても、十二歳の経験値でいきなり魔境と呼ばれるメア大陸に放り出されたら生きてはいられなかっただろう。

 しかも発生場所がよりによって、神族創成研究所の廃墟の近くだ。


 運が良かったとしか言えない。


「ま、今生きてるんだから問題ないだろ」


「そうね」


 私はテーブルを少し片付け、魔法陣図を広げた。

 その後、レスターが邪魔にならない場所に地球儀をそっと置いた。

 

「うわぁ、綺麗ねぇ……」


 レスターが作った地球儀は【宝飾品】だった。

 大きな水色の宝石の球体に、様々な細かい宝石で大陸や島を模してある。


「…………」

 

 煌めく青い地球に、私はしばらく声もなく魅入っていた。

 ランプの光を乱反射して、うっとりするような揺らぎを見せる地球儀を、私はお世辞抜きで盛大に称賛した。


 (こんな美しいものを作れるなんて。やっぱり才能ってあるのよね……でもこれは才能だけでは到達出来ない領域だ。努力、それと経験の集大成 ──)


「本当に美しいわ。私もこういうの作るのは好きだけれど……ここまで完璧で儚いものは作れないと思う」


「世話になってるからな。ジューンにやろうと思って持ってきたんだ」


「えっ、くれるの?すっごい嬉しいんだけど!」


 レスターはニヤリと笑って、頷いた。


「まだまだ働いてもらうからな」


「フフ、そうね。じゃあ、召喚する鉱石の量を決めちゃいましょうか」


 レスターはグラスを持ったままソファーに移り、ゆったりと腰を下ろした。


「……で、量なんだが。深海クラストは密度が異常だ。

おそらく拳大で、魔力転写が飽和する。それ以上は魔法陣が潰れるかもしれん」


「え、そうなの?数百キロ単位で来るかと思ってた」


「内部の水分が即座にフラッシュ蒸発するぞ」


「なにそれ」

 

「深海の水は高圧ゆえに、低温でも固体にならず液体のまま存在できる」


「氷になる余地がない高圧って事ね?」


「そうだ。──ここの気圧は地球の地上と大差ないから……深海の高圧がなくなると、水は液体でいられる条件を一気に失う。そのまま液体から一瞬で蒸発する」


「圧から解放されて氷になるんじゃなくて?」


「本来ならな。だが、この場合は氷になるよりも先に、沸騰条件の方が揃ってしまう。なので、固体になる前に蒸発……が正解だ」


「蒸発ねぇ……つまり、水蒸気爆発か」

 

「言うなれば──そこから破断と蒸気爆発の二重コンボだぞ」


「やっぱり爆発するってことね」


「召喚対象が岩ならまだマシだ。障壁でどうとでもな

る。だが深海クラストは鉱物と海底成分の複合体だから、水分・空隙・生物残渣……全て爆散の材料になる」


「その衝撃に耐えうる対策をして、十センチ四方ってところかしらね。でも爆散したら意味ないのよね」


 レスターが頷いた。


「高圧状態を保ったまま召喚、そのまま高圧で閉じ込める必要がある……圧は徐々に抜けば問題ない」


「うーん……大事を取って外周に緩衝機能を持たせて、高圧保持層をどこに組み込むか。いっそ出現座標に瞬間転送陣も組み込んで、そのまま高圧保持容器に送る?」


「お、いいなそれ」


「じゃ、私は魔法陣の調整ね。高圧保持の容器は魔道具の領域よ、よろしくね」


「いいねえ、こういうロマンあふれる仕事はやる気出る」


 私は煌めく青い地球を眺め、夢見心地になりながらも地球儀に見合う美しい魔法陣を脳内で組み立て始めた。

 気がつくと、室内は静かで青い宝石だけが静かに光をたたえていた。

 レスターの姿は、既にない。


 (私が考え事に沈んじゃったから帰ったのね)


 まあ、よくあることでお互い様なので気にしないでおこう。


 ミシュティがヒョイと顔を覗かせ、タマゴサンドがあると伝えてきた。


「もちろん食べるわ」

 

 

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― 新着の感想 ―
深海の水が凍らないのは、圧力以前に温度が低くないからだと聞いたことがあります。
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