ひよこ島で打ち合わせ①
いつもはレスターの屋敷で打ち合わせなのだけれど。
今日はひよこ島に来てもらっている。
理由はレスターが大事にしている使用人のロロだ。
「……なるほど、これは使えそうだ」
レスターがポチ温泉の底に沈む水晶状の塊を引き上げ、精査している。
薄い金色を主に、様々な色に輝く透けた水晶状の塊は『龍稀石』と呼ばれるものだ。
色から察するに、メインはポチの龍気と温泉成分が結合したものだと思う。
サイズは手のひらに乗る程度で、大きくはない。
けれども、まだポチ温泉が出来てから日が浅いことを考えると驚異的な生産量だ。
「多分、だけど。ポチ以外にもひっきりなしにドラゴンが入浴してるからかも……?」
長期滞在龍は、ポチだけだけどね。
(ほぼ毎日ずーっと底に沈んで寝てるものねぇ)
「ふむ。そうなると、ポチが沈んでる時は湯にも龍気が?」
「そうね、可能性はある」
レスターの手のひらにある龍稀石を眺めながら、私は推測を述べた。
「基本的に溢れたお湯は海に排出されてるから、いない時は素の温泉だと思うのよ。こんどポチが沈んでる時に、お湯を採取してみないとわからないけれど」
魔法陣の最終打ち合わせが名目の来訪だけれど、レスターの真の目的はポチ温泉だと思う。
なにしろ、龍稀石は『安定』の象徴なのだ。
魂と肉体がズタズタに切り刻まれているロロの痛みを改善する可能性がある。
そもそも龍気というのは魔力とは全く異なる性質の、『力』だ。
(龍にも魔臓があるし、魔力を行使して存在している生物なのは間違いないんだけど……龍にはこの特有の龍気がある)
余剰魔力が龍気として外に出ているのは間違いないのだけれど、何故そうなるのか?──どういう変換システムなのかは謎のままだ。
死んだ龍は龍気を発していないし、生きた龍を解体して調べるなんて生命がいくつあっても足りない。
つまり、検証のしようがないのだ。
「龍稀石は構造も発生条件も未知だからなぁ」
「そうね、どの龍稀石もそれぞれ違うものね。本当に偶然の産物としか言いようがない」
次にまた龍稀石が生成されるかどうかもわからないし、出来たとしても違う成分になると思う。
だいたいは古代のものが地中から発掘されてるから──リアルタイムでの発見はすごく珍しい。
そもそもの発端は、温泉付近にいることが多いバルフィからの報告だった。
底に水晶状の塊が落ちている、もしかしたら龍気の結晶かも?と。
私がその話を雑談でレスターにしたので、今回はひよこ島で……という流れだ。
バルフィの報告がなければ、温泉の底なんて気にもしていなかったから見つかってなかったと思うわ。
「魔道具にすべきか、薬として摂取させるか」
「摂取させるならしっかり調べてからね。ベイリウスに鑑定と調査を依頼しようかしら」
「そうだな」
薬草のプロのベイリウスなら、他の素材と合わせて飲用可能かどうかしっかり調査できるはずだ。
「じゃ、この塊のまわりにある小さいギザギザのところ……これをサンプルで」
「鑑定もなぁ、知りたいことがピンポイントで知れれば便利なんだがな」
「わかる。予備知識がないと鑑定結果が雑魚すぎるなんて、不便よねぇ」
私とレスターは顔を見合わせ、ため息をついた。
……龍稀石の塊はレスターに進呈した。
ロロの治療には、私も参加すべきだと思ってるからね。
(そもそも、旧魔族の神族創成の悲劇の発端は……私の幼馴染というか、兄のような存在だったエルフが原因だからね)
レスターはこの世界での家族が。
神族創成の指揮をとっていたのだ。
研究所を破壊し、神族を救出したのもレスター。
(まあ、救済は不可能だったけれど)
なので、唯一生き残っている神族のロロを助けたいと願うレスターの気持ちはよくわかる。
普通から解放されたいと『死』をレスターに願った神族たちは、私の魔法陣で消えるはずだった。
でも……魔法陣の上には幾つもの大きな魔核が残された。
──二百くらいはあったと思う。
その魔核は、怨嗟と悲嘆と呪いの塊。
近くに置けば共鳴し合って、周囲が荒れる。
困った私とレスターは神核を世界各地の地中の奥深くに封印した。
数千年経った今。
それが、この世界の特殊ダンジョンのコアになっている。
希少アイテムを得られる特殊ダンジョンの攻略は難しいけれど、人気がある。
(でも多分……神核が希少アイテムを生成するのは、この世界への復讐)
実際、特殊ダンジョンで命を落とす冒険者は多い。
復讐のための釣り餌なんじゃないか?と私は思ってるけれど……真実はわからない。
もう彼らと話すことなど出来ないのだから。
そしてそれを『人間社会』に教えることも、永遠にない。
(知れば好奇心が湧く。また神族創成を試みる輩を出すような、危ない橋は渡れない)
人間の寿命は確かに短いけれど、私が千年かけたことを数年、数十年で成し遂げるポテンシャルがある。
寿命の長さと賢さは比例していない。
才能があるかどうか?
これに尽きる気がする。
(寿命が短い分、要領が良くて貪欲で強か)
決して長命種族に劣っている種族ではない。
私は静かに温泉の底を見つめるレスターの背中に、声を掛けた。
「さ、魔法陣の話をしましょ、屋敷で。」




