雑談
「で、時空庫の中の食品が液状化した件はどうしたらいい?」
「液状化したものは、もちろん廃棄したのよね?」
「うん」
良かった。
フレスベルグのことだから、そのままかと思ったわ……。
「そうねぇ……魔道具のマジックバックみたいな時空アイテムなら、原因究明の手はあるんだけれど」
「──解体、だよな?」
「そう。でも個人の時空庫には通用しない。だから、理由を突き止めるより『不具合』が起きないよう、工夫するしかない」
フレスベルグは大きなため息をつき、チョコレートケーキを口に放り込んだ。
「そうだ、勇者はやっと森林に行ったらしいぞ」
「あー、ハグイェア大森林ね?固有種もいるし面白いわよ」
「行ってみたい」
「…………勇者が居るのに?せめて勇者が違う場所に移動してからがいいんじゃないの?あとベイリウスの授業もあるでしょ、チョコレートケーキのおかわりはダメよ。それに魔法陣の基礎──」
フレスベルグは両手を上げ、降参の意を示した。
「わかった、わかったから。勉強はちゃんとやるから母さんみたいなこと言うなって」
「母さんて!……カルミラ?」
「あ、いや前世の……」
「あなた、前世でも怒られてたの」
フレスベルグはテーブルに突っ伏して呟いた。
「くっ、言い返せねぇ……」
──確かフレスベルグは思春期くらいで転生していたはずだ。
記憶が確かなら高校生くらいだったような?
「何歳で転生したんだっけ?言いたくないなら言わなくていいけど」
「十二歳。中学生になったばっかりで……死んだ理由は全く心当たりがないんだよなー、いつも通り寝ただけで。気付いたらメア大陸で、地面に座ってたんだよ」
「十二歳!小学生じゃなく?」
「誕生日十二月だったからな」
だから厨二に憧れてるのかしら……?
思ってたより『子供』でこっちに来たのね。
思春期くらいかと思ってたけど。
「まあ、それでもこっちに来て五百年は経ってるんだから、大人なのよねぇ」
「そうだな」
(そうか。まだ母親に小言を言われてるお年頃だったのねぇ)
何人か前世持ちを知っているけれど……前世の記憶がハッキリしていると、その記憶が途切れた(つまり転生した)時点での記憶や人格が色濃く残ると言われている。
ただ、大人になる前に前世の記憶を失う人が大多数だし、記憶が残っていたとしても隠してる人が多いから、研究が進んでない分野なのだ。
「魔王組合が前世持ち多いってだけだから、不用意に前世の話はしちゃダメよ」
「うん」
カフェを出て、小洒落た商店街を見て歩きながらフレスベルグはポツリと呟いた。
「だけどよ、記憶が消えてこっちの世界に馴染むのはわかるけど……隠すのはなんでだ?」
「端的に言うと、利用されるからよ」
フレスベルグは子供のまま、子供の体格で転生したけれど運良く『非常に強かった』うえに、すぐに安全な場所に保護された。
そして今は、理不尽を叩きのめせる『力』がある。
魔界とメア大陸でしか生活したことがないフレスベルグには、力がない者が利用され尽くしてボロ雑巾のように処分されるなんてこと、知る由もない。
私の説明に、なるほどと頷いた彼はこう言った。
「そうだな、人間に転生した場合……そういう意味で自分を守れるのは『身分かコネ』──それでしか戦いようがないもんな」
「だから黙ってる方が無難って事ね。カミングアウトした人は四十代とか、地盤や地位が整ってからだしね」
「なるほどなー」
若いうちに前世持ちだとバレたら、めんどくさいことこの上ない。
頭のいい人なら絶対オープンにしないし、幼少期にうっかりやらかしても身内がフォローして守るのが普通だ。
「んじゃあ……幼女が内政チートとか夢でしかないんだなぁ……」
私は呆れて笑い出した。
「内政?それって貴族子女よね。もし貴族のお嬢様が好き勝手出歩いたりしたら、側付きの侍女や護衛たちの首が飛んじゃうわよ」
「だってスラム街とかで強い手下とか拾って来るじゃん?私たちは対等よ、敬語は使わなくていいわとか言って」
「そもそもスラム街に連れて行った『使用人』が処分されちゃうし、スラムで拾ってきた身元不明の人間を我が子のそばに置く親は居ないわ」
「現実は厳しいなぁ」
「ああいうのは、物語だから楽しいのよ。実際そういう人がいたとして、自分が尻拭いする立場になってみなさいよ、殺意湧くわよ?」
フレスベルグは吹き出した。
「ブハッ!確かに自分が『主人公』とは限らないもんなぁ」
「そういえば、巨乳ハーレムの話の続きは書いてるの?」
「あーアレ?ある程度書いたら満足したっていうか、飽きた」
「完結させなさいよ。完結させるのが一番大事なのよ」
「やだよ、もう飽きたもん」
──世の中の放置されてる物語は、案外こういうしょうもない理由なのかもしれないわね……




