団栗堂②
「団栗堂のリーフレットの受け売りですが……樹齢百年以上のトレントは、年を重ねるほど意思が強くなるのです。実のひとつひとつにも魔力が通ってしまいますから……落としたくない実は、絶対に落としません」
「トレント……意思でどんぐり落とすかどうか決めてるの?」
「はい。しかも、トレントは相性の悪い採取者には、殺意を持って実を投げつけてきます。団栗堂の職人は、魔界でも数少ないトレントに嫌われない体質者だけで構成されていますって書いてますね」
(魔界には、本当に変な特化職が多い……)
ミシュティはさらに、チラシの細字部分を指で示した。
「トレントの実は、採取後六時間以内に覚醒してしまうので──暗室で眠気を誘う子守唄をかけて沈静化させる必要があります。覚醒状態で搾ろうとすると、油が自力で木に戻ろうとするので」
「……どんぐりが?」
「はい。実の魔力が油に残っていると、勝手に転がります。ですので工程4で揮発魔力を飛ばすのです」
「なるほど、転がらない品質テストって……そういうこと」
「ええ。ミリオネラ等級は完全に従順な油でなければ認定されません。転がらないどころか、塗布した後に『どんぐり本体に戻りたがらない』安定性が必要なのですわ」
(馬鹿馬鹿しいのに……なんか理屈が通ってるのが腹立つ)
ミシュティは満足げに微笑んだ。
「なので、抽出には夜間が最適なんです。トレントの実は夜の方が木に帰りたい本能が弱くなるそうで」
「……昼間だと?」
「油がそのまま、採取用の桶から脱走します」
「脱走!?」
「はい。床をツーーーッと滑って、扉の下をくぐって出て行きます。これはテレビで、特集番組があって見たことがあります」
(……団栗堂の仕事、面白そうだけどキツそう)
ミシュティは、特集番組で得た知識で補足をしてきた。
「実は、団栗堂で扱うトレント種子は──油にしてもしばらく自分はまだ芽生える権利があると思い込んでしまうんです。ですから覚醒した状態で搾ると、油が本能的に木へ戻ろうとしてしまうんですね」
「……油なのに本能があるの?」
「トレントは魔力循環が特殊ですから。油の段階でも、わずかに帰巣衝動が残っているらしいです。なので工程4の『魔力揮発分を飛ばす』がすごく重要でして……転がる原因になる微細な魔力を、その工程で完全に抜くんだとか」
「ああ、だから転がらないテストがあるのね」
「そうです。ミリオネラ等級は、高価なことばかり話題になってますけど、品質維持にとくに厳しいんです。本体に戻ろうとしない、塗布後にトレントのほうへ動かない、どんぐりに擬態しようとしない など、細かい条件が多くて」
「擬態ですって!?」
「ええ。未処理の油は、丸まりながら乾くと数ミリ大のどんぐりの形に成り済まそうとするらしいです」
(……最後の最後で一番怖い情報が来た気がする)
「……油が擬態ねぇ」
「はい。『自分はまだ落とされる前の実である』という誤認らしいです。騙されて絞られてますから」
(なるほど。油からしたら騙し討に遭ったようなもの……)
ミシュティは平然と続けた。
「なので、抽出した油はすぐに瓶詰めし、魔封シールで封印します。未封印の状態で放置すると──」
「すると?」
「翌朝、瓶の横で小粒のニセどんぐりがコロコロと並んでいるんですって」
「こ わ い わ よ」
「しかも、全部同じ方向……親トレントの方を向くらしいですよ」
「目的地わかってるの!?」
「はい。番組では帰巣本能の残滓と説明されていましたね。だからこそ、ミリオネラ等級は価値があるんです。静置しても、転がらない・擬態しない・勝手に帰ろうとしない」
(なんかもう、どんぐり油というより、逃げる宝石とか自我のある調味料とか、そういうジャンルじゃないの?)
ミシュティは小瓶をひょいと持ち上げた。
「こちらは完全処理済みなので大丈夫ですよ。瓶から出したら油は油として安定しています。品質保証に帰巣衝動ゼロ証明がついてましたし」
「証明書つける必要がある時点で面白いでしょ……」
「フレスベルグ様なら、きっと喜んで実験すると思いますわ。ほら、あの方、こういうちょっと危ない素材大好きですから。もちろん転がりまくる油も一緒にお渡しします」
(……喜ぶわね、絶対)
「あ、転がっちゃう方の油は劇薬指定なので、会員限定なんですよ」
会員なのね。
てか……その油は私も欲しい。
絶対使えるやつだ。




