ちょっと経って
──その後。
『エイプリル』が冒険者ギルドで働き始めてから半月が経った。
「上層部では──この異常なペースの異世人の来訪は、レイン氏を最後に終息してる……と思ってもいいのでは?という話が出てるわ」
とある日の朝礼での、リリナさんの言葉だ。
(魔法陣の試運転が成功したか、偶然か……最低でも一年以上は観測しないとデータとして使えないから、魔王組合としては今後も様子見よね)
「騎士団の指揮下にあったレイン氏ですが、数日後にキャンプでの猶予期間が終わるとの報告が来てて」
リリナさんはチラっと手元の用紙に視線をやり、事務的な話を続けた。
「懸念されていた未知のエルフとの関係性は否定されたので、本日をもってまた当ギルドの管轄になります」
おお、良かったね!
とりあえず、テロリストの嫌疑は晴れたようだ。
一体どういう経緯で疑いを晴らせたのかはわからないけれど、これで帰還不能者になっても不遇な扱いをされることはないだろう。
隣の席の応援事務員(本職は受付嬢)は艶々とした青い髪を指に巻き付け、首を傾げた。
「んー、ソウ氏とレイン氏は同日に保護されたのよね?なら、ソウ氏と同じ六日後がキャンプ抑留のタイムリミットね?」
その声に釣られ、全員がまたリリナさんの方を向いた。
リリナさんは頷き、壁に貼られた表を指し示した。
「その通りよ。午後に騎士団はキャンプから引き上げるから、それにあわせて冒険者を派遣するわ」
「じゃあ私、待機中の『紅蓮の鬣』に午後からキャンプに行くよう伝えてきます」
「私は身柄受け渡しの書類を……」
ややゆっくり目だった朝礼の空気は変わり、それぞれすべきことをするために、忙しく対策本部は動き始めた。
私は相変わらず書類の清書。
午後からは、レイン氏の案件──リリナさんの移動のための転移要員。
(ずいぶん痩せちゃって……)
騎士団管轄にあったのは十日にも満たなかったはずだけれど、レインさんは見てわかるくらい痩せていた。
(元がぽっちゃりだったから、平均的になったと言えば聞こえは良いけれど……)
どちらにしても急激な体重減少は危険だ。
レインさんを冒険者チームに任せてから、私たちは一旦本部に戻った。
「リリナさん……レインさん、随分痩せてましたね」
「そうね。騎士団の話では食欲不振って報告があったわ。こっちの食事が合わないのかしら──療養食を出すべきよね?」
私はレイン氏について、騎士団の事務員が記した報告書に目を落とした。
「アレルギーは無いようですけど……心因的なものでしょうかね?キャンプっていうより勾留って扱いだったんでしょうし」
そりゃ食欲不振にもなるわよね。
リリナさんは療養食の手配を済ませ、もう一度私に向き直った。
「エイプリルさんは、異世人について研究してるって話だけれど」
「はい」
「チキュウ、の、ニホン、にも詳しかったりするかしら?」
「そうですね、過去にこちらに来て残ったニホン人と親しかったことがあるので──生活様式や食生活などは、ある程度。知識だけなら、ですが」
うんうん、と首を縦に振るリリナさん。
ペンをくるくると回し──どこの世界でもペン回しってあるのね──トン、とテーブルに置いた。
「実はね、借り上げ屋敷の方の異世人たちにも食欲不振っぽい症状があって」
ホームシックじゃないかしらね?
こっちの食事ってどっちかと言うと洋食寄りだしね。
「米、ミソ、ショーユで大体解決しますよ。王都なら簡単に入手できるものです」
「故郷の食事に近いもの、は考えたんだけど予算が……」
「あー……確かに『ワショク』はそこまで珍しい食事ってわけじゃないけど、素材はかなりいいお値段しますもんね」
予算か。
全部ギルド持ちですものね。
しかも回収の見込みはないという理不尽さ。
「──先ほど話した知り合いのニホン人は故人なんですけども。マジックバックにワショク食材を残していってるので、それでよければ寄付しますよ?もちろん衛生的に問題のないものです」
真っ赤な嘘だけどね。
知り合いの日本人なんていないし、和食の素材は私が買い集めたものだ。
一部を寄付するくらいは問題無いだろう。
「本当に?助かるわ……!」
リリナさんは飛び上がって喜んだ。
そもそも、召喚が原因だとしたら。
この騒動は魔界側に責任があるわけで……
「明日は休みなので明後日にマジックバック毎持ってきますね?時間停止のマジックバックですから、容量は多くなくてもそこそこの値がつくはずです」
きょとん、としたリリナさんの顔を見て私は言葉足らずだったと気がついて、補足した。
「きっと同じニホン人の役に立てるって喜ぶと思うので、マジックバックごと寄付します。それをオークションに掛ければ多少助けになるかと」
「時間停止マジックバックを?──逆に黒字になっちゃいそうだけど、いいのかしら……」
私は頷いた。
滅多に出回らない時間停止マジックバックなら、冒険者ギルドの損失補填になるだろう。
容量は馬車一台分しか無いけど。
(もちろん、魔王組合に経費として請求するけどねっ)
「あ、でも出来たら非公式の寄付でお願いしたいです。目立ちたくないので……」
「大丈夫、貴族にもそういう人結構いるから──名前は出されたくないと」
「そうなんですよね、今の所有権は私ですけど……寄付で名前が出るのはちょっと」
リリナさんは軽く頷いた。
「匿名からで処理出来るから大丈夫。多いのよ、意外と。あとマジックバックがどうなるかは上層部次第かな」
「寄付した後のことは私には無関係なので。損もしていないので大丈夫」
(うん、非正規ルートの寄付になっちゃうけど……しないよりはいいかな?)




