五日目終了
五日目の最後は、対策本部でリリナさんに明日の同行を打診することだった。
運良く忙しい彼女を捕まえることが出来てラッキーこの上ない。
「──そう。なら明日の朝礼後に三十分だけ、時間をとるわ。その後ソウさんのところにあなたと挨拶に行けば、平等ってことでいいんじゃないかしら」
そうね、同じタイミングで来た人だから。
片方だけに配慮してしまうと、問題になる可能性があるということね。
(冒険者ギルドって、どうしても依頼や受付嬢、冒険者にばかり目がいっちゃうけれど……実際見てみると、一番過酷なのは事務ね)
もちろん、『楽』な部署は無さそうだけど。
受付は受付で大変なんだろうしね。
「ではまた明日」
私は周囲に挨拶を済ませ、冒険者ギルドを出た。
今日はこのあと……今までの狭い『エイプリル』の仮住まいを引き払い、王都で一人暮らしをする若い女性が住むような違和感のない物件に引っ越すのだ。
(とは言っても大家は同じだから、払う金額が上がって鍵を返したりもらったりだけ)
面倒な契約はすっ飛ばせたのは幸だ。
大家さんに相談してみて良かった。
おかげでギルドから徒歩十分程度の飲食店の二階に、引っ越すことができた。
狭いワンルームから2LDKってとこね。
エイプリルは当初の予定と違って、しっかり稼いでいるから高めの家賃でも払っていけるだろう。
……設定的にはね。
大家さん的にも、トラブル無しの店子が入居するほうがありがたいと。
エイプリルは黙って家賃を払う優良借主だものね。
騒音も出さないし。
(そもそもほとんど居ないですからねっ。そんな家に家賃払い続けるのは勿体ないけど。二重生活にはこういう経費を惜しんじゃいけないって鉄則があるから)
部屋を引き払い、そのまま大家さんと新しい部屋まで歩き、物件の受け渡し。
引き払ったほうに自分の家具は置いてなかったから身軽なものだったけれど……。
新しい住居は家具付き物件ではない。
とりあえずの家具は手持ちにあるので、適当に設置しておく。
魔界に……とある村の村民全員を移住させた時に、寝具は全部放出しちゃってるからベッドがない。
(どうせこの家で睡眠をとることはないんだけど……)
万が一、部屋を見られてしまった場合──生活感がないのは悪手だ。
どうしよう?
とりあえず間に合わせでもいいから、寝具はあったほうがいいよね。
私はちょっと考えて、ひよこ島の屋敷の客間に置いてあったベッドを持ってきた。
客間っていっても、客など来ないし……。
(少なくとも、ひよこ島に寝具を必要とする客は来ない……)
何となくそれっぽく体裁を整え、朝食はこの新居で取るようにしよう……と決めてひよこ島に帰還。
王子殿下から書簡が来てる。
ニーヴの引き渡し日の調整か。
私とエイプリルは別人として動いているし、王子殿下にエイプリルのことを知られるのは得策ではない。
いっそ、引き渡しをミシュティに委任した方が間違いないわね。
エイプリルは下っ端だし、決まった日にしか休めないから──
臨機応変にジューンが対応するのは無理がある。
私は結局ミシュティを呼んで、ニーヴの引き渡しについての全権を委ねた。
書簡のやり取りだけは私がやるけれども。
そもそも愛♡魔馬倶楽部でミシュティと殿下は仲良しさんのはずだ。
難しい任務ではないはず。
「愛♡魔馬倶楽部ねぇ……」
ミシュティが耳をピクっとさせ、こちらに向き直った。
私は前から聞きたかったことを聞いてみた。
「ただの興味本位だけど──いったいどんな活動内容なの」
「魔馬が好むおやつのレシピ交換ですとか、姿絵の見せ合い──魔馬の売買情報ですとか……内容は多岐に渡っておりますね」
ミシュティはメモを見返しながら、続けた。
「先日の会合では、第二側妃様が買う予定の魔馬についての意見交換会で──アルエット公爵と第二王女殿下と平民が喧嘩したくらいですかね…………」
その平民、生きてるんだ?
愛♡魔馬倶楽部って平和な集団なんだね。
絶対入りたくないよ。
「喧嘩になったら、お茶を淹れ直して飲み終わるまで喋らないルールでして。その後蒸し返すのはご法度です」
それが、貴族と平民の平和的ルールなの?
本当に聞けば聞くほど愛♡魔馬倶楽部って謎の組織よね?
「……明日ちょっと早く出ると思うから、もう寝るわ」
私はミシュティに言い残して寝室に上がった。
(あーあ、明日仕事行きたくないよー)
エルフだってそういう気分になっちゃうことあるのよ。




