休日、後半
「魔道具の進捗はどうなの?」
私はじゃがバターに明太子をのせながら、レスターに尋ねた。
「ほぼ完成してる。転写システム自体は既存製品と大差ないからな。ただ、転写するものがえげつないくらい精密なだけで……」
「召喚魔法陣丸ごとだものねぇ」
「ジューンや俺くらい『間違わない』レベルだったらこんな苦労は──や、そうなるとそもそもこんな魔道具要らないわけだが」
「そうねえ、フレスベルグに自由な杖描きを任せられるほどの知識と技術、経験はないからねぇ」
「反省はしてるらしいよなぁ?こないだティティと謝りに来たぞ」
レスターは思い出したのか、喉の奥からくぐもった笑い声を響かせた。
「謝罪より魔法陣の勉強してほしいわ」
「魔道具は魔力を流せばいいだけだが、しっかり練った魔法陣向きの魔力じゃないとダメだぞ」
転写部分が大きくて精密だから、余計に純度の高い魔力が必要になるわけだ。
「一応ベイリウスに、魔力練りの復習もさせるようカルミラが頼んだって言ってたから大丈夫なんじゃね?」
「そうね。そうすると、検証はフレスベルグの魔力練りが一定水準に達したら?」
「そうなるな」
私はちょっと考えてから、思ったことを言った。
「あんまり長くは待てないと思う。一ヶ月に二十人前後のペースで異世人が来ちゃってるのよ。多分もう冒険者ギルドは予算ギリギリ。パンク目前よ」
「多いな?」
「なので、一度現場で検証してみない?どうにか干渉力を弱めながら正式な発動まで調整しないと……」
レスターが慎重そうな表情で浅く頷いた。
少し癖のある豊かな深紅の髪が肩に流れ、跳ねる。
「放置してると、干渉力が増大してしまうリスクがあるからな。一度魔法陣の検証でこっちから干渉したほうが間違いないだろう」
「私の次の休暇は四日後よ。三日勤務したらお休みって契約だから」
問題はフレスベルグの習熟度だ。
「次の休みに試運転なら──ベイリウスの授業以外にミシュティに家庭教師頼もうと思う……三日間」
「ミシュティか。三日くらいなら学ぶ時間が増えても耐えられそうだしな、いいんじゃないか」
魔道具の試運転は四日後の『エイプリル』の公休にやることになった。
それまでにフレスベルグの魔力錬成を魔法陣展開用の魔力に調整。
手紙を出すと、ミシュティからはすぐに了承の返事が来た。
フレスベルグはニヤニヤしながら、言った。
「そういやミシュティ嬢はヒドラをテイムしたのか?」
「えっ、なんで知ってるの」
「一昨日──魔界のペットショップで、小さい派手なヒドラ?のドレスを試着させてた。あのヒドラ、メスなのか?」
「せ、性別は知らない……ドレス……どこに着ていくドレスなのかしら」
ヒドラのドレスが既製品で存在してるってのがまず驚きなんだけど?
ドレスがあったとして、どこに連れて行くのか。
マカロンちゃん、普段は全裸(?)でひよこ島をウロウロしてるんだけれど……
え、すっごい気になるよね。
何色のドレス買ったのか。
オーダーメイドなのかしら?
だとしたら、ソフィーのドレスも──
(ダメだわ、ソフィーには肩がない……)
ドレスはスッポ抜ける…………!
「レスター。ヒドラって蛇よね?ドレス着れるのってずるくないかしら?」
レスターがポカンとした顔で、私を見た。
「蛇?ずるい?ああ、ソフィーか。ヒドラはヒドラって表示しか出ないが……どう考えても水龍の仲間だろ、頭が蛇っぽいだけで」
確かにボディは蛇じゃないわね。
ケルベロスと違ってヒドラのシステムは単純だ。
七本の首は『独立思考』はしていない。
本体の意向で動いてるだけなのだ。
ケルベロスのように、別の部分に制御脳があるわけではない。
つまり、ヒドラの頭は一つ。
擬首及び擬脳が七つ。
年を経た老獪なヒドラは本体と遜色ない動きを擬脳にさせるから、ぱっと見どの首も自立して動いてるように見えるんだけど……
本来、ものすごく臆病なヒドラは滅多に姿を現さない。
若ければ尚更怖がって隠れて出てこないから。
人間にうっかり討伐されちゃうのは、運の悪い若い個体ばかりだ。
若いヒドラは擬脳の扱いも未熟だからね。
その分、倒しやすいというわけだ。
「あのヒドラね、マカロンちゃんっていうんだけど……まだ若めの個体っぽいのよね」
「ふーん?成体にしては小型過ぎんか?」
「うん、多分希少種かと思う」
「ミシュティ嬢らしくていいんじゃないか」
私たちは、声を上げて笑った。
「で、ペットショップの名前、教えて?」




