二日目、子どもたち
ユウコさんはショックを受けた様子で俯いている。
「今日、通訳兼翻訳可能な私が……保護についての契約を結ぶ予定でした。が、ユウコさんの希望により結ばれない場合は残念ですがこのキャンプは解体され、人員は撤収となります」
「で、でも今日までは契約してなくても大丈夫だったじゃない……」
「それはこちら側が通訳を手配出来ず不備があった為の準備期間です。契約に関する正当な人員が来るまで、転移者の身柄を守るのは規約で決まっていますから」
「…………」
黙ってる人と、にらめっこしてる暇は無い。
親身に話を聞くのは、サポートに入ってから専門の要員がついてから。
通訳のエイプリルは『事実のみ』しか伝えられない。
「……夕方、もう一度聞きに来ます。契約不成立になったらそのままキャンプは解体となりますので、ご留意くださいね」
「勝手に呼んだくせに!そんな──」
ユウコさんは怒りとも悲しみともつかない、振り絞るような声で叫んだ。
俯いているから見えないけれど、泣いているのかもしれない。
「ユウコさん。この世界で、誰かの意思を持って呼ばれるのは『召喚魔法陣』で呼ばれた人だけです。それ以外の人は、偶然に迷い込んできた人……という扱いになってます」
ユウコさんは顔を手で覆い、泣き始めた。
私は護衛の女性冒険者に後を任せ、次のキャンプ地に転移した。
本当に混乱してるだろうし、事情があるのだろうけれど……
ギルドに雇われてる以上、勝手なことは出来ない。
同郷みたいなものだし、どうにかしてあげたい気はある。
でも──
(なら、気になる人を分け隔てなく全員助けられるのか?というジレンマになる……)
線を引くこと。
これは、歯痒いけれど仕方ない。
(個々の事情に緻密に配慮してたら、人手が全く間に合わない……予算も)
ミシュティの話では貴族の寄付があるっぽいけど、焼け石に水だろう。
人数が人数だもの。
契約的に……通訳と翻訳部分にしか権限がないので、私に出来る事はちゃんとやったつもり。
あとは本人の意志だ。
あとは数日後にキャンプ閉鎖で、王都の借り上げた屋敷に移る人ばかり。
「いやぁ、帰れると思ってたんですけどねぇ」
頭の輝く、人の良さそうなおじさんが笑った。
「まあ、部下が二人とも帰れたから良しと思ってるんですよ」
「なるほど。こっちも慣れれば悪くないですよ?転移者は必ず特殊技能授かって来ますから、仕事には困らないと思うし」
仕事の範囲外だから言わないけれど、このおじさんの特殊技能は『ヒーリング付与(弱)』と『植物育成』。
花屋で、引っ張りだこになりそうだ。
日本では派遣業務の営業さんだったらしいけど。
ユウコさん以外は……もう諦めと覚悟が出来てる人達ばかり。
──大人はね。
中学生たちは、意外と呑気というか順応してる子が多かった。
特に男の子 。
冒険者と剣で遊んだり、走り回っている。
私はまず女の子たちから話を聞くことにして、自己紹介をした。
「エイプリルよ……通訳と翻訳を請け負ってるバイトだと思ってね 。なにかを決めることは出来ないの。聞いて、翻訳するだけね」
一方女の子たちは一箇所に固まって、物静かだ。
彼女達の聞きたいのは、帰れるのかどうかだ。
多分もう無理だよ、というのは簡単だったがそれは私の仕事の範囲外だし──なるべくなら、絶望を宣告する役回りにはなりたくないものだ。
「そうね、こういう不思議な現象は昔からあるのだけど……解明は出来てないの。だから、その質問に私は答えることは出来ないの」
彼女たちはヒソヒソと相談を始め、食事が脂っこくて辛い、米が食べたいという要望だけ出して来た。
食べ物、というのが子供らしくて可愛いわね。
米はこっちにもあるから、聞いておくと返答をして雑談からの情報収集に入った。
報告書に記入するのは名前、性別。
身分は平民になるので苗字は要らない。
あとは転移した瞬間の聞き取り。
男の子たちも集まってきたので、全員からだ。
この子達は学校の何かのイベントで移動中……高速バスでの事故にあったらしい。
バスが中央線を越えたのを見た子もいれば、横転したと言う子もいる。
火事になっていたと言う子もいれば、河に落ちたと言う子もいる。
(転移のタイミングが違うだけで、どの子も嘘はいってない……中央線を越えたバスが横転し、炎上しながら滑落──水に墜落……辻褄は合っている)
席順も聞いたけれど、この子たちの席は右側後方、右側中央付近。
ぼんやりながらも全体像が見えてくる。
もちろん推測であれこれ言えないので、穏やかに『これからのことを説明』しながら私は内心の動揺からくる冷や汗、震えと戦っていた。
「帰還できた子」は左側前方〜中央寄り(車内に残って救助・浮上)
「帰還できなかった子」は右側後方(投げ出された・水没)」という整理が最も自然。
(もし、この集団転移が私の改変魔法陣に引っ張られて来ていた場合……)
私の魔法陣は、帰る瞬間の時間軸に危険があった場合転送は中止にする術式だ。
この子たちが帰還しても、死ぬしかない場所にしか転移できない場合。
私が作った魔法陣のシステムであれば、帰さない。
(この子たちは自分の身体で転移している。戻れば死ぬしかない子たちかもしれない)
魔法陣のせいなら、だけどね。
違う原因の可能性もある。
でも、高速で外に投げ出された瞬間に転移だと生き延びるのは難しいだろう。
もちろん推測だから、言えない。
……知らないほうがいいこともたくさんある。
私が動揺したのは、あっちで見つからない我が子を探すしかない親たちの気持ちを想ったからだ。
(どうにか無事を知らせる術があればいいのに。生きてさえいてくれれば、どこの世界だって──)




