対策二日目
──二日目。
ある程度、好きにやっていいという許可は出ているので少人数のキャンプから訪問をした。
一人の女性以外は十日以上経ってるので、落ち着いたものだ。
現地の護衛冒険者とも身振り手振りで、コミュニケーションを取っている。
中には既に片言ながら、こちらの言葉を話している人もいたくらいだ。
本日転移四日目になる二十五歳の女性は、まだ不安そうではある。
名をユウコさんと言う。
私はユウコさんの質問になるべく誠実に答え、帰還できるかどうかの瀬戸際なので、しばらくここに留まらなければならない理由も説明した。
「あの。戻りたくない場合はどうしたら」
「えっ」
ユウコさんの返答が想定外すぎて、私は素っ頓狂な声で応答してしまった。
「帰りたくないと」
「はい」
あれまあ。
困ったなぁ。
「私に即座に判断を下せる決裁権がないので、ちょっと上司に確認して来ても?」
「はい」
穏やかな様子で、ユウコさんはお辞儀をした。
私は対策本部に戻り、書類に埋まっているリリナさんを見つけて判断を仰いだ。
「彼女が自主的にキャンプを離れるのは、拒否できないわ。その場合、帰還不能者が受けられる様々なサポートが受けられなくなるけど」
リリナさんが規約を記した冊子を私に持たせ、開いたページを指さし、そこを熟読してから対処するようにと言った。
(異世人緊急保護における規約……第四十七条。意外と規約が多いのねぇ)
……当ギルドの保護(転移場所に停留中)期間内に、本人が自主的に転移地点から離れた場合、契約書面を以って『異世人保護サポート』を受ける権利を失うものとする。
この場合、当該異世人の身柄は自由になり、当ギルドは一切関与しないものとする。
(これ、ユウコさんには意外と厳しいルールなんだけど──)
サポートを受けられなくなったら、着の身着のままで放り出されることになる。
二十日程の現地停留は帰還してもらうための『義務』みたいなものだ。
それを守らないのであれば、好きにどうぞ。
サポートはもうしませんよってことね。
本来、こういう事案はこっちが転移者を呼んだわけじゃないから──帰還できるよう取り計らい、帰還出来なくても生きていけるサポートシステムがあるのは非常に人道的な政策だと思う。
ただ、ボランティアではない。
お金はどうしたって動く。
義務を果たさない人に、お金と時間をかけないというのも、当然の話。
冒険者ギルドは互助会的な一面もあるけれど、営利団体である。
残念だけど、奉仕活動ではないのだ。
私はしっかり規約を頭に叩き込んで、もう一度ユウコさんのキャンプに向かった。
テント内の簡素なテーブルセットで、再面談。
「結論から簡潔に申し上げますと。キャンプから離れるのは、ユウコさんの自由です」
ユウコさんは目をあげ、ホッとしたように表情を弛めた。
でも、私はこれから非情な告知をしなくてはならない。
「ですが。ユウコさんを保護している、『冒険者ギルド』の規約では保護された転移者……つまりユウコさんは、キャンプに二十日留まる義務がある、としております」
一息つき、続ける。
「キャンプを離れるのは自由ですが、その場合ギルドの定めた義務の放棄となるので、当ギルドの保護プログラムの対象にはなりません」
ユウコさんは首を傾げた。
(確かに分かりにくい言い回しではあるのよね。どこも似たようなものだけれど)
「つまり──あと十六日この場で『帰還チャンスを待ちながら』生活しない場合……。当ギルドの援助は一切受けられないということです」
「キャンプから出ないと、元の世界に戻っちゃう可能性があるってことですよね」
「はい。そのためのキャンプなので」
「じゃあ、やっぱりここを出ます」
まだ通訳としっかり話していなかったユウコさんとギルドは契約していない。
今日私が説明しながら、個人とギルド間の保護契約を締結予定だったのだ。
なので、契約破棄の必要もない。
「もう一度お話しておきますね?ここを出るということは、衣食住が無くなるということです。言葉も通じず、誰かを雇う資産やツテもない場合……王都にたどり着くのも難しいと思われますが」
「えっ、近くの町まで送ってくださるんじゃないんですか?」
ユウコさんが心底びっくりした、という顔で言った。
残念ながら、ここは日本じゃないしギルドは民間企業で公務員ではないのだ。
「キャンプは即座に解体され、冒険者も撤収します。雇いたいなら金銭が必要です」
「そんな……だって……」
「色々な思いがあるのはわかるのですが、ギルドはボランティアではないので……義務を果たさない人に割く時間も予算もないのです」
「王都に行っても、言葉は通じない……」
「はい、通訳者はほとんど居ないです。なので二十日ここで待機して、帰還不能者として当ギルドから手厚いサポートを受けるほうが得策です」
「戻っちゃう可能性もありますよね?帰りたくないんです、なんとかならないですか?」
(うーん。初っ端から厄介なケースねぇ……)
通訳は通訳でしかない。
カウンセリングや細かい調整は『帰還不能者』になってからの話。
帰還するかもしれない人に、そこまでお金は掛けられないのが実情だ。
冒険者ギルドにちゃんと保護されてるだけ、この世界では破格の待遇だと言っていい。
法と秩序の国で育った人間は、そんなこと言われてもピンと来ないんだろうけどね。
私も最初は価値観の違いに四苦八苦したもの。




