龍と金木犀
今日のひよこ島は雨だ。
ふっと金木犀の香りが鼻先を掠める。
この世界に金木犀なんて存在してないのに。
ポチ(卵)を拾った日もそうだった。
夕方にはまだ少し早い時間に、卵が金木犀の香りと一緒に私の足元に現れたのだ。
──どうして無視などできようか。
前世で私は幼い息子を失ったことがある。
雨の日の金木犀の香り漂う日だった。
(辰年なのよ、偶然じゃないはずよ)
そうして私は卵を拾い、育てた。
おバカな龍だけど、我が子みたいなものよ。
死生観は人それぞれだけど……私は理屈ではわかっていても、割り切ることができない。
ここは金木犀のない、違う世界だけど。
「──わかった?生きた魔物を連れてきてはダメ」
ポチを叱っていると、一応申し訳なさそうな顔をする。
けれど、この龍はまた同じことをするのよね。
龍……龍だからしかたないわね。
反省してるみたいだし、きっともうやらないでしょう。
結局──甘々な私はポチにポテトフライを与え、部屋に戻った。
(とりあえずニーヴ問題は解決。王子と日時を決めて辺境に連れていけばいいだけだし)
窓から曇天を見上げる。
しとしとと降り止まない静かな雨。
「涙雨……っていうのよね」
私は強い。
だから大丈夫。
──と、メール箱が光っている。
見ると書簡が二通。
カルミラのと、フレスベルグからの謝罪文だった。
七枚にも及ぶ大作である。
ハーブティーを飲みながら、私はゆっくりとそれに目を通して深い溜め息をついた。
(済んだ事はしかたない。起きてしまったこと変えられないから)
同じ失敗はしないように努力すればいいだけだ。
「当面急がなきゃならないのは異世人をどうするか、よね」
帰れた人もいるだろうけれど……問題は帰れなかった人たちだ。
彼らが不自由しないように魔界で面倒を見るか、魔王組合で自立に向けフォローしていくしかない。
なんだか忙しくなりそう。
カルミラの方の手紙には数日後に緊急会議を行うとある。
多分班分けして対応するんだろうけれど……
(リーダーは大変ね。私は下っ端でいる方が気楽でいいわ)
アップルパイの香りがしてきた。
夕飯のデザートはアップルパイなのかしら。
バニラアイスが添えてあるといいなぁ。
ちなみに、シナモンがしっかりきいたのが好み。
りんごはプルナなのに、アップルパイはアップルパイって変な感じ。
大昔はプルナパイだったんだけど……ヨッシーオがアップルパイと言い始めてから、アップルパイになったっぽいのが面白いところだ。
ポテトフライみたいな和製英語っぽい単語も全部ヨッシーオ由来だ。
そう考えたら良くも悪くも、偉大な勇者なのは間違いない。
今週だけ、文字数少なめになります。
週末には通常運転になる予定です




