ヒドラちゃん
……ヒドラは全部の首を落とさないと死なない。
タイムチャレンジである。
首の再生に時間がかかるよう、落とした部分は焼いておくのがセオリーだけれど──
一時間もしないうちにミシュティとバルフィは分業でヒドラを仕留めにかかっている。
だが、ポチが咥えてきたヒドラは体高三メートルとかなり小さいけれど特殊個体らしく手こずっているようだ。
普通のヒドラは八メートルはあるもの。
このヒドラはちゃんと八本の首がある。
幼体なら首の数が少ないはずだし……?
(ただ……虹色に輝くヒドラって、明らかにおかしいよね……?)
「うーん?」
捕獲して調べるべき?
私はケット・シー姉弟に下がるよう、身振りで伝えヒドラを拘束することにした。
再生スピードが早く、何本か落とされた首はすっかり元通りだ。
足首がモゾモゾして、ソフィーが這い出してきた。
後退するヒドラ。
前進するソフィー。
吠えるニーヴ。
(やっぱり、他の魔物と同じように──ソフィーが怖いのだろうか?)
小さなヒドラは、八本の首をぺしゃりと地面にくっつけて動かないでいる。
「このポーズ……まさか降参?」
「っぽいですねぇ……」
「初めて見ました、こんなヒドラのポーズ」
ヒドラが助けを求めるように僅かに首をうねらせる。
ミシュティが小さな声を上げた。
「あら……?この子、私にテイムされたいみたいです」
「えっ」
「まあ、いいんじゃないの?ミシュティがテイムしたいなら、しちゃえば」
ミシュティは迷う素振り見せたが、従魔は一匹はいたほうが良いという結論に達したようだ。
(ふふ、ソフィーが怖すぎてミシュティに助けを求めたみたいねぇ)
一番優しそうだものね。
エルフじゃなくてソフィーが怖かったのね。
うんうん。
ヒドラはマカロンという名前を貰い、ミシュティにあっさりとテイムされた。
──カラフルな虹色だから、マカロンなのだろうか?
「……どこから誘拐されてきたんでしょうね?鑑定ではただのヒドラって出てますけれど」
そう、ただのヒドラだ。
ちなみに女の子。
「なんでこんな色なのかしらねぇ、普通のヒドラの後天的変質なのかしらね?」
ミシュティは首を傾げながら、不思議そうに呟いた。
「落ち着いたら鑑定し直すべきですよね。非常時って表示がおかしくなりがちですし」
「そうね。鑑定なのに結果が、人や日によって変わるのっておかしな話だけれど」
でもこの世界の鑑定はそういうものなのだ。
知らないものは深堀りできないのよね。
……あんまり便利ではないのが実情。
「──鑑定を鵜呑みにしちゃうと危険なのはこういう部分よねぇ」
そういう私の言葉に?ケット・シー姉弟は静かに頷いた。
落とした首は──ニーヴとポチのご飯にするとミシュティが言い出したので、三人で十一本のマカロンちゃんの首を集めた。
「こら、まだですよ。ちゃんと皮を剥いて処理してから」
怒られるポチを眺め、チラリとマカロンちゃんを見ると知らん顔をしている。
(自分の首だけど、どうでもいいのね)
……まあ、落ちた以上、別の存在って概念なのかしらね。
魔物はみんなそういうものなのかもしれない。
私は後を姉弟に任せ、寝室に戻った。
「──どこで飼うのかしら?」
家の中じゃ無理よね。
島に放牧かしら?
ユーニウスとペルルがちょっと心配。
ヒドラは肉食だし。
(当面、柵でも作るか?)
人外の住民が増えていくのはなぜなのかしら。
マカロンちゃんが大人しいヒドラだといいんだけど。
「あ、でもポチはまたお説教だわ」
ヒドラを投げ落とすなんて、とんでもない。
マカロンちゃんもびっくりだったろうし、小屋でのんびりしていたバルフィとニーヴもさぞ驚いたことだろう。
運が悪ければ大事故だったんだから、キツめに叱る必要がある。
翌日、私は外に出るとニーヴとマカロンちゃんが遊んでいた。
「えっ」
思わず声が出ちゃったわ。
ウニョウニョとボールを咥えて投げるマカロンちゃん。
そのボールを追って取ってくるニーヴ。
「い、一応癒される光景なの……?」




