無事、契約
この世界の1年は10の月までしかない。
1月は40日。
曜日などはない。
最初こっちに来た頃は、曜日があった方が便利な気がしていたが暮らしていれば慣れるものだ。
カレンダーがこうなので、学校などに行かない層の平民でも40までは読めるらしい。
数字は読めても計算できるかどうかは別問題。
今日は8の月の14日。
メアリとの契約は9の月から来年の4の月まで。
メアリは明日からでも良いと言う。
「じゃあ、ちょっとお祝い金として色をつけるから、今月分も金貨1枚でいいわ」
お近づきの印ってやつよ。
「いいのかい!?助かるよ!」
メアリは大喜びだった。
金貨より銀貨が良いと言うので、銀貨で10枚手渡した。
メアリにも色々都合があるだろう。
買い物に行きたいだろうし、"お勉強"は17日から開始と言うことで話はまとまった。
子供がいるなら手土産はお菓子が良いかな。
私はマジックバッグから、焼き菓子屋の贈答用クッキー詰め合わせを取り出しメアリに手渡した。
イヴォーク大陸の名店の品だ。
「焼き菓子かい?嬉しいねえ、もうずっとこんなお菓子食べてないから子供が喜ぶよ!ありがとうねえ」
少しは印象アップになっただろうか。
怖がられるのは慣れてるけど、そうじゃない方がずっと良いからね。
初日で長居するのも申し訳ないし、ゼライさんの所にも行きたかったので
今日はこの辺でいい。
メアリに別れを告げ、ゼライ不動産までトコトコ歩く。
決まったことは一応報告しておいた方が良いだろうからね。
なんてったって私は礼儀正しいエルフだからね。
エルフの姿のまま住宅街を通ると、外遊びをしている子供が一斉にいなくなる。
井戸端会議中の奥様方はそこまでじゃない。
緑の髪のエルフがこの領にいるのは大人ならもうみんな知っている事だからね。
遠巻きに会釈するくらいまでは慣れてくれているっぽい。
近くには来ないけどね!
チェシャから聞いた話では、団長…アルフォンス殿下が害をなすエルフではないだろうと
酒場で話していたのが良い感じで広まっているみたい。
そのうちチェシャの顔を立てて討伐依頼を受ける予定ではあるけれど、ギルドに行く用事もない。
初日に後をつけてきたやつらはその後見掛けてないし、運動不足気味なペロティ達もそろそろ戻すべきだろうな…
ゼライ不動産に到着して、ゼライさんのお嬢さんだという実に可愛らしい熊獣人の受付嬢に取次をお願いすると
応接室に案内された。
ゼライさんは運良く手が空いてたらしく、すぐにやってきた。
お久しぶりですねえ!お元気でしたか?
手紙の?ああ、メアリさんの件ですね!
ほうほう、引き受けてくれましたか!
いえね、あのお宅売りに出そうか迷ってたらしくてですねぇ…うちに査定依頼あったんですけどね。
そうですそうです、ちょっと金額が折り合わなくて…そうなんですよ、あの辺りはあんまり売れない場所で希望額までちょっとね、うちも慈善事業じゃないもので…困ってらっしゃるようでしたのでジューンさんのお話してみたんですよ。
決まったなら何よりですよ、え?我々に?
なんと!メア・ビーの巣蜜!?
こんな希少品いただいてもよろしいのですか?
もちろん嬉しいですとも!
買おうと思って買える物じゃないですから!
しかも未精製の巣蜜だなんて……
生きてて良かった…
ゼライさんに報告しながら手土産を渡すと、感極まって泣き出してしまった。
そんなに好きなものだったのか。
もっといっぱいラッピングしておけば良かった。
メア大陸は国というものがなくて、ポツリポツリと集落がある程度なので
他の大陸との交流がほぼ無い。
当然交易も滅多に無いからメア産のものは希少品扱いされてる物が多い。
この巣蜜は野営のテントを建てるのに邪魔で巣ごとメア・ビーを討伐した時に回収したものだけど。
拾っておいて良かった。
確かにとても美味しい蜂蜜だしね。
ゼライ不動産を後にして、入国管理所を覗いて見たけど王子もカイさんも居なかった。
歩哨の若い子にどっちかが戻ったら私に連絡くれるように言付けて帰宅する事にした。
正式な国民証があれば、ハグイェア大森林まで行けるんだけどな。
今、管理所から外に出ちゃったらまた入国管理の手続きになっちゃう。
アルシア王国があるネイシス大陸はやや縦長の形をしていて上部、つまり北の半分近くがアルシア王国の領地だ。
王国最南端がここ、グレディス辺境伯領で隣接しているのは荒野とハグイェア大森林。
大森林の向こう側、ネイシス大陸の南側は
幾つかの小国家とフェリカ共和国という国がある。
大森林南側は数百メートルの崖になっていて、小国家側に大森林からの魔物の被害はあんまり無いのだとか。
アルシア王国に入国するルートは幾つかあるんだけど、フェリカからの船便でグレディスから入国するのが一番審査が緩い…という噂。
陸路もあるにはあるが、船の方が楽だし早い。
私も入国の自由なフェリカからの船でここまで来たのだ。
もちろん、人間の姿で。
兵士の居る詰所は二つあって、一つは王立第三騎士団が統括する入国管理。
街の警邏も担っている。
もう一つは第五騎士団で、こちらは完全に国境警備と大森林関係。
こっちの団長は王族ではないけど、上位貴族のご子息らしいよ。
軍服はみんな同じに見えるけど、ボタンのデザインが違うとか帯が違うとか
見分け方があるみたいなんだけど…興味がないので全員同じに見える。
話は逸れちゃったが、大森林は面白そうなので是非行ってみたい。
でも入国許可証(グレディス領で有効)か正式な国民証がないと、アルシアにあるギルドでは受注出来ないみたいだから…
王子の頑張りかかっている。
この姿で長居しても出来ることは少ないので、私は建物の陰に入り周囲を確認して明るいうちに転移で帰宅する事にした。