ポチのやらかし
夕食後、ハーブティーを飲みながら私は恐る恐るミシュティにヒドラの目玉の使い道を聞いてみた。
「目玉はニーヴの水分補給に、スープにしてます。栄養価が高いのと……ニーヴの好物なので大事に使ってます」
あ、煮込んだのね……
ゼラチン質だしニーヴには美味しいのね、きっと。
「ニーヴに与えるものは基本的にバルフィの小屋の裏手で調理してるんですけれど……ポチさんが欲しがるんですよねぇ」
ポチは由緒正しき古龍である。
エルフに育てられた変わり種ではあるが……。
龍は八割ほどの割合で、魔法生命体なので食事は不要だけど……『嗜好品』として食べる個体もいる。
──ポチがいい例だ。
「最近よく食べてるわね」
「ええ、近くで料理や加工をしてると気になるみたいですね。蛇系のお肉は気に入ったみたいで」
ミシュティはそう言い、面白そうに笑った。
「ニーヴのお肉のピンハネはダメよね、叱っておくわ」
(調理されたものが美味しいせいだわ。ミシュティは料理上手だから……)
あれ?生肉食べてるんじゃ……?
「お肉は生肉……よね?」
ミシュティは水色のふわふわしたタオルで手を拭いながら、耳を立ててこちらを向いた。
「お肉は生です。魔物が喜ぶように、ヒドラの肝とか香りの強い魔草系のハーブなどを揉み込んでます」
それだ。
やっぱり美味しいんだ。
ミシュティはなにかを察したように、付け加えた。
「あっ、ジューン様。私たちが食べても美味しくないですよ?臭いです、かなり」
「でしょうねぇ……」
静かな波の音しかしない深夜、私はポチ温泉に行き、底に沈むポチを引きずり出して言い聞かせた。
「ポチ。何か食べたいなら自分で狩るのよ?ヒドラでも捕まえてミシュティに貢ぎなさい」
ポチはお腹を出して甘える素振りだったので、とりあえず撫で回す。
甘やかして育てたせいか、どうにもドラゴンらしくないのだ。
「全く……可愛いだけじゃダメなのよ」
ポチは賢そうな顔をして見せ、飛び去っていった。
本当に狩りをしてくるのだろうか?
食料を必要としない龍は、食べる目的で他者に危害を加えることはない。
(もちろん過去に人喰い竜がいたりはしたけれど……)
身体を維持する『栄養素』として食べたわけではない、生物学的に。
何か理由があってそういうことをするわけだけれど、どんな理由でもヒトを積極的に殺す龍は討伐対象だ。
そんなわけで、ポチが狩りをしているのは成龍になってからは見てないなぁ。
(大丈夫なんだろうか……?)
静かになった湯気の立つ水面を見ながら、思い返してはみたが。
やはり狩りをしていたことはないような気がする。
ヘタレとはいえ龍なので、そこらの魔物より強いのは間違いないのだが……。
「なんだか心配ねぇ」
──夜のひよこ島。
私が住んでいる南側は静かなものだ。
温泉や農場?がある北東は、相当改善はされたけれど南側よりは騒がしい。
静かにしてくれてはいるが、一日中ドラゴンが入浴しに来てるし。
ミシュティの農園は、時折脱走しようとするマンドラゴラが魔条網に弾かれて叫んだり……網のバチバチという異音が響いている。
「脱走してどこに行くつもりなのかしら」
マンドラゴラが脱走したところで、ここは無人島だし行き場所もないと思うのだけれど。
(ときどき『収穫』されたのかはマンドラゴラはベイリウスが引き取ってるらしいけど……)
ベイリウスとミシュティは、いったい何を研究しているのだろうか。
今度機会があったら聞いてみよう。
私はメモ帳に『BとMの研究、マンドラゴラ』と書き込み、パタンと閉じた。
(セオリー通りの利用だと、毒、媚薬とか幻覚薬──精神干渉系だけども)
ミシュティ農園のマンドラゴラは、色が違うし大きさも普通じゃない。
なんなら、いい声で歌っている個体もいる。
勝手に抜けてほっつき歩いてるし。
なにか違う方向性の媒体になるのだろうか?
もしそうなら──聞いておこうか。
ポチが飛び去ってから三時間くらい経っただろうか?
寝室でまさにベッドに入ろうとしていた私の耳に、魔物のほえる声が届いた。
──温泉の方角である。
「聞いてしまった以上、放置は出来ないわね」
仕方ないので温泉に転移する。
一呼吸遅れて、ミシュティも転移してきた。
私の目に入ったのは巨大なヒドラとバルフィの接戦だった。
「目の前にヒドラが落ちてきたぁー!」
バルフィの絶叫から、ポチの仕業と知る。
温泉脇の小屋は一部破損している。
バルフィがまだ就寝してなかったから、良かったものの……。
(バルフィが潰されなくて良かった……!)
「バルフィも弱くはないのですが、あまり戦闘は得意じゃないので」
ミシュティはそう呟いて、弾丸のように飛び出して行った。
(これ、私の出る幕ないんじゃないの)
キョロキョロと周囲を見回すと、褒めてほしそうな顔をしたポチと目が合った。
(まさか生きたまま咥えてきちゃうなんて……)
全く困った龍だわ。




