魔法陣の手直し
魔法紙は大量にある。
私の愛用品はインクもペンも最高品質だけど、構想中と下描きはただの鉛筆である。
(うーん、魔方陣の編みかたは数学の方程式と──日本で言うところの和柄のようね。意味と折り方が決まっている……麻の葉なら生命力、矢がすりなら命中力)
──七宝なら縁、豆絞りなら無病息災。
もちろんここは日本ではないから、そういう名前にはならないし紋様が同じわけでもない。
考え方が似てるなって私が思ってるだけ……。
魔方陣は基本的に古代魔法文字と線で構成されている、
必ず円形なのは、「循環とその作用」を繋ぎ止めるための「閉鎖」という意味合いがある。
複雑な術式ほど丸が何重にもなるのは、そのせいだ。
円内で完結させ、次の術式(外周円)に移動する。
「現在主に使われてる基礎魔方陣の型(紋様)は数十種類だけど──」
個人のオリジナルを含めれば無限のパターンがある。
他人の魔方陣に干渉が難しいのは、固有魔力と固有魔力の共存が非常に難しいから。
必ず弱い方が、喰われる。
この世界に魔方陣師という職業が成り立ってるのも、この「固有魔力」があるからだ。
(無属性の魔力の持ち主、しかも知識が豊富じゃないと干渉は不可能。それを可能にできるのは……)
混じり気のない純粋な魔力。
当然ながら純無属性は稀有。
発注してもいいけれど、高額な上に時間がかかる。
(魔王組合的に外注は無理、色んな意味で)
下書きを消したり、直したり──ソフィーが消しゴムのカスを食べ始めたので、あわてて屑籠に不要物を落とした。
ミシュティとバルフィは当分ひよこ島の、この屋敷には寄り付かない。
私がそう望んだからだ。
ニーヴはミシュティかバルフィと過ごしている。
ここにいるのは、私と物言わぬソフィーだけ。
「うう……あの召喚のオリジナルの対象は人型の知的生命体だけれど」
修正のために、また「誰か」を召喚する?
悩ましい問題だ。
(前回の綻びが、召喚後に上書きされた時点で転移が起きた瞬間に「召喚された人」を戻さないといけない)
なら、一番最後の外縁で座標記憶型の償還魔方陣の起動が望ましいか……。
上書きをするなら、前回と可能な限り術式を変えない方がいいから最小限の改編で。
私は数日かけて、魔方陣の製図に没頭した。
おおよそ出来上がっても、そのまま使うことは出来ない。
必ず検証が必要。
(しかも魔道具として刻印していく以上、絶対にミスは許されない…)
魔道具が完成してからも、検証が必要。
自分以外が関わる魔方陣の運用は、本当に気を遣うものなのだ。
私の未検証だった魔方陣を持ち出し、改編して適当に使ったフレスベルグには本当に驚いた。
(無知ゆえの幸せなのかしらね。人の魔方陣の改編で大事故が起きなかったのは、運が良かっただけなのに)
内臓だけ召喚されちゃったとか、過去の事例は恐ろしいものばかりだというのに。
まあ、前回の件で勉強する気になったようだし、知識はちゃんと得て欲しいわ。
「召喚する人の条件……」
前回の条件、私の製図ではこうだった。
・幼体ではなく、若い個体。
・妊娠していない。
・肉体は健康である。
・幸せではないと考えている。
・ヒト型知的生命体の男女各一名。
後は魔方陣に応じるかどうかの選択肢も与えてあった。
今回はどうするか?
私は鉛筆を取り、考え続けた。
(選択肢は削除。そのまますぐにいた場所に帰すから)
往復にかかる負荷は魔法陣で八割肩代わりするとしても、該当者の体力に余裕がないと。
「うーん……往復で10。魔法陣で8負担で、対象者にかかる負荷は2……」
余裕をもって、対象者の体力は5以上は欲しい。
こっちの都合で利用して、具合が悪くなったら嫌だもの。
条件をつければ付けただけ、リソースが足りなくなるけれど……付けなければ想定外なことが起きるリスクがある。
(過去の事例で『悪』とみなされてる召喚は、条件の多さを贄(外付けのリソース)で補完してるけれども──こっちはフレスベルグの魔力頼りだ)
性別は削ろう。
若くなくてもいいから、成人に変更して──あ、人数二人のところ一人にして……っと。
四本めの鉛筆を削りながら、ブツブツと呟く。
こういう作業って、独り言が多くなっちゃうのよね。
私は机から離れないソフィーをツンツンとつついた。
ソフィーは私の人差し指に巻き付いて、こちらを見上げている。
全身が漆黒ではあるが、目だけは水分が多く光を反射して煌めいている。
「なあに?甘えてるの?そうね、オヤツでも食べましょうか」
私は久しぶりに椅子から立ち上がり、伸びをすると肩がボキボキと変な音を発した。
(ずっと同じ姿勢は良くなかったな、肩が痛い)
ソフィーを指にまとわせたまま、キッチンへ。
冷蔵箱には、ミシュティお手製のプリンがある。
ソフィー用の菓子箱にはクッキー。
「ちゃんとソフィーのもあったわよ」
私は紅茶を淹れて、ソフィーには魔力水のカップを用意した。
「ふふ、二人の女子会ね?女の子かどうか謎だけど」
温かい紅茶と甘いおやつは、凝り固まった脳もほぐしてくれたみたい。
気分転換って大事ね。
(あ、条件に正常な思考が出来ない者はアリね)
人間一人分のリソースが空いたからいくつか条件は足せそう。
倫理的にどうかとは思うけれど、認知症の徘徊老人を一瞬お借りするのが一番良さそうね……。
老人
徘徊中
認知症
体力がある
うん。まだ使えるリソースが少し。
(ちょっと良いことがある幸福の付与をお礼に組み込むか……)
躓かなくなるとか、夕飯に好物が出る程度の効力だけど。




