魔法陣、どうする?
「お?どうした」
くつろいでいたらしいレスターは、珍しく素面だった。
「王都で異世人がやたら発生してる」
「それがどうした?異世人なんか珍しくないだろ」
私は溜め息をついた。
「他国や辺境からは発生しなくなってるの」
レスターはソファーから身を起こした。
やっと話を聞いてくれる気になったようだ。
「それはそれは。で、原因は?」
私はフレスベルグの魔法陣図をテーブルに置いて、指さした。
「これ」
「なんで折ってあるんだ?折ったらダメだろ」
「フレスベルグよ」
「ああ、フレスベルグか」
レスターの眉がわずかに動いた。
彼は図面に視線を落とし、折り目をゆっくりと伸ばす。
薄紙がわずかに鳴る。
「勇者召喚陣の改編……こないだ使ったヤツか?」
「ええ」
「ここ。召喚自体が完了されずに途切れてるじゃねーか、いやスペル間違いか。こんな初歩的な……」
「座標固定の呪式を略式改変したのね。しかも安定処理を入れ忘れてる」
レスターが静かに舌打ちをした。
「……やっかいだな。もう二ヶ月経ってるから、残滓で修正できる段階じゃない」
「私、もう一回召喚して正しい術式で上書きするくらいしか思い付かなくて」
「もう一回、フレスベルグにあの規模の召喚か……」
「不安しかないのよ、なんかいい方法ないかしらね?」
フレスベルグが開いたものはフレスベルグが閉じるしかない。
同じ魔力でなければならないのだ。
「こっちで修正魔法陣を組んだとして──」
私たちは顔を見合わせ、深い溜め息をついた。
「フレスベルグがその通りにやれるか否か、だな」
「絶望しかないわ」
レスターは陣図を指でなぞりながら、顔をしかめた。
「なぁ……スペル間違いも多いし、紋様が雑で潰れてる箇所もある。折ったせいかもしれんが、よくこの魔法陣で成功したなぁ?」
「もっと怖いこと言おうか?この陣図通りに展開したかも怪しいわ」
レスターがうめき声を上げ、ソファーの背もたれに寄りかかった。
どこからともなく不思議な香りが漂ってくる。
部屋に下がったロロが、さっき薬と一緒に渡した薬草茶を煎じているのだろう。
「薬草茶か。あれは少し効いてるみたいだぞ」
その香りを感じたレスターが、ポツリと呟いた。
「鎮痛効果はないのよ。リラックス効果と、少しだけ筋肉が弛緩するだけのものだから」
「毎日飲んでるから、本人は効いてると思ってるんだろ」
「だといいんだけど……」
「ありがとな」
レスターはそう言って、また陣図に目を落とした。
(他人が上書き出来ない以上、手段がないのよねぇ)
「もう一人くらい頭が欲しいな」
「そうね、召喚魔法に詳しい人がいい」
「俺とジューンと同レベルで?いるのか?」
私は渋々、心当たりの人物?を口にした。
「南の島にいるラウ」
レスターが手を振り上げ、私の言葉を遮った。
「おいおい、ラウバッハかよ。あいつ話通じなくね?」
「──否めないわね……」
「そもそも召喚じゃないだろ。死霊召喚じゃねーか」
あ、そうね。
リッチキングだものねぇ……。
「えー、じゃあ……ネザリス学府の教授とか?でも魔王組合の内情が流出するのはちょっとまずいよね」
私たちは頭を抱えた。
「フレスベルグを特訓する?」
「無理だろ」
(他人が上書きするには複雑過ぎる……いや、そこだけ特化したら?うーん、ならどうやって問題箇所を特定する?)
「よし」
レスターが膝を叩いた。
「アレだよアレ、子供が魔法陣練習する補助ツール」
「雲形定規みたいな?」
「おいおい、雲形定規って」
「なによ。日本人なんでしょ、前世」
「……まぁな」
レスターはぶすっとした顔で肯定した。
(やっぱりね、絶対日本人だと思ってたわ)
長年の疑問が解けてなんだかスッキリしたわ。
で、魔法陣の方は──
『魔天堂のお絵描き魔法陣』(推奨年齢4歳〜)の複雑バージョンで、フレスベルグになぞらせればいい。
私たちは、それしかないと合意した。
「問題はデカさだな」
「素材と魔力伝導率──あ、フレスベルグが魔力を注いだら転写出来るようにすればいいかも」
「そ れ だ」
閉じるための正確な魔法陣は私が。
魔道具はレスターが。
「でもさ……これ、カルミラに言わなきゃダメだよねぇ?」
「事後報告はダメだろうなぁ。いいだろ、俺らの昔の失敗に比べたら可愛いもんじゃねーか」
「そうね、子供のやったことだしね。明日にでもカルミラに言っておくわ。魔法陣は出来次第持ってくる」
「おっけー、じゃあ試作品作っておく」
「フレスベルグにはお灸を据えておくわ」
私は家に帰る前に、フレスベルグの玄関の前に深い穴を掘って木と草で適当に隠した。
多分落ちる。
絶対落ちる。
私のクスクス笑いに、ニーヴが首をかしげる。
真っ白ピカピカ。洗ってもらったの?
ふわふわの毛皮に顔を埋め、幸せを分けてもらう。
(犬神……尊い……)
だが、まだニーヴの肋骨は肉に埋まっている。
ちょっとは触れるようになっているから、ダイエットは順調のようだ。
ニーヴは甘えるように鼻を鳴らし、擦り寄ってきた。
可愛い、可愛いわ……




