残酷な世界
異世人関係を除いたギルドの依頼票は、特におかしな点はなかった。
うーん、受付嬢から情報が欲しいけど依頼は受けたくない。
仕方ないので辺境のギルドに行くことにする。
困ったときは馴染みの受付嬢よ。
また徒歩で家に戻ってから、辺境の商店街の一角に転移。
そこから辺境のギルドまで、とことこと向かった。
「あっ、ジューンさん!お久しぶりですー」
久しぶりに見た山猫獣人のチェシャ。
こうやって見ると、ケット・シーよりかなり大柄だ。
私と同じくらいの身長があるもんね。
スラリとスレンダーボディで、相変わらずとても可愛いのだ。
個室に案内され、聞きたい話を──どう切り出したものか。
「ジューンさんが来ない間にもうひとつ試験を受けてですね、来月別のギルドの副長として赴任する辞令が出まして」
チェシャがウキウキと話し始めた。
「おめでとう、どこへいくの?」
「それが、王都から北でして。そこまで大きい都市じゃないのですが、歴史ある古都ローランなんです」
「ローラン?旧ローランの首都なのかしら」
「そうなんです。ちょうどジューンさんにもお知らせを送ろうと思ってまして」
なるほど、なるほど。
古都ローランは王都を出て一つ目の大きい都市だったかな。
そのうち顔だしてみよう。
「数年勤めたら、どこかでギルド長になるか、王都に副ギルド長として転勤……が順当なんですけれど。しっかり数字出してないと厳しいんですよねぇ」
「どこの世界も世知辛いわね……」
「本当に……」
癒着を防ぐために、転勤も多いらしいからギルド職員も大変ね。
「そうそう、王都のギルドは紙の依頼票だった」
チェシャはふわふわした耳を動かし、頷いた。
逆光なので柔らかそうな毛が透けて、妙に神々しく見える。
(猫神……!尊い……)
「この国はほとんど紙です。グレディス領が裕福なだけですよー。端末は領主様からの補助で導入されたんです」
「ああ、そういう理由なのね……王都と言えば、先日チラッと見てきたけれど。異世人がずいぶん来てるって話ね」
「そうなんです!王都というか、その近郊でも幾つか発生してて大変みたいですよ?」
(やっぱりかぁ)
「逆にこっちとか田舎の方には来てないです。他国にも」
「王都とその周辺だけ?」
「ここ二ヶ月くらいはそうですね。保護はほとんど冒険者ギルドに持ち込まれますから、数字はそこそこ正確かと」
(勇者召喚じゃん、絶対そうじゃん?後でフレスベルグを締め上げないと)
「あ、ジューンさん。王都のギルドに行くことがあるなら、姉がいるので紹介状書きますよ」
「いいの?嬉しい!」
「エルフさんはなにかと大変そうですからね。担当をつけるよう、あちらの事務──姉に連絡しておきます」
「うわぁ、ありがとう」
皆さんでどうぞ、と菓子折りを渡して商店街に戻って転移。
行き先は、もちろんフレスベルグの家だ。
(改編した勇者召喚陣。フレスベルグは慣れてないから、ぶっつけ本番じゃなくて絶対に書き写して、それを見ながらやったはず)
使った陣図を接収しなければ。
「こんばんは!フレスベルグ君」
「えっ」
「勇者召喚に使った魔方陣、見せてくださる?」
フレスベルグは怯えながら、魔法紙を差し出してきた。
折り畳んだらしく、ピンとしていない。
信じられない。
魔法紙は折っちゃいけないって、子供でも知ってることなのに!
「これ、もう使わないでしょ?いただいてもいい?」
「は、はい。でもなんで──」
「じゃ、またね」
今日は忙しいわ、私はそのままレスターの家に行った。
「起きてるぅー?」
酔い潰れてないといいんだけど。
ちょっと間があったが、使用人がドアを開けてくれた。
この使用人の名はロロ。
この世界でたった一人、現存している神族である。
どこの世界から召喚されたのかはわからないけれど、地球からではない。
決して屋敷の外には出ず、この家で命の恩人と崇めるレスターに仕え続けている男性だ。
色々な部分が混ざり合い、時には物理的に縫い合わされた姿をしている。
(頭の片側から骨が変質した角が無秩序に突きだし、右の眼球には瞳孔が三つ。右手は三本、左手は四本──)
まだまだ異様な部分はあるが……。
(悲劇が過去になった今……神族、と聞いて美男美女を想像する人は多い。知らないということは恐ろしい)
だけど、知れば興味が湧く。
魔法があるこの世界……また同じことを試みる者が必ず現れる。
神族創成はあまりにも禁忌過ぎて、このまま葬り去るしかないのだ。
「こんばんは、ロロ。レスターはまだ起きてる?」
ロロはゆっくりと頷き、半歩下がって私を招き入れた。
「ロロ、そろそろ痛み止めが無くなるんじゃない?これ、新しい在庫ね」
私はかなり強い鎮痛剤をロロに手渡した。
彼──便宜上、男性としているけれど実際は性別はない。
兵器に生殖能力は要らないからだ。
なので、彼を構築する素材も雌雄ごっちゃ混ぜだ。
彼以外の神族は全て死を望んだ。
(彼らは常に全身の激痛を訴えていた……ロロも)
その痛みに耐えながら、ロロは数千年生きている。
死ねない、と言った方が正しいのだけれど。
肉体の呪縛から逃れることは出来る。
レスターが破壊の術式を構築したから。
(でも、ロロはレスターと一緒にいることを選んだ……)
レスターとロロには、絆がある。
だから、レスターは時々酒に逃げながらもずっと研究を続けている。
いつかロロを解放してあげられるように。
「ちょっと見てもらいたいものがあって。レスターに取り次いでもらえる?」
私はロロに、取り次ぎを頼んだ。
ロロはゆっくりと頷き、よろよろと主人の元へ向かった。
自分で行った方が絶対早い。
ロロも痛みを堪えて動かなくて済む。
(でも、仕事はロロの矜持。奪ってはいけない)




