フレスベルグのルーツ③
ホムンクルスがきれいに家具を撤去した空き部屋に、私は魔方陣を直接描ける机や器具を設置し、簡易的な実験室を作った。
興味津々で器具を眺めるフレスベルグを座らせ、もう少し説明を加える。
「生物学的な親がいない魔族が、何人かいるのは知ってるでしょう?──エルフも含めて」
フレスベルグは頷いた。
「私も貴方もそういう魔族ね?ではどこで発生したかよ」
私はホワイトボードに要点を書き込みながら、解説した。
知ってることもあると思うけれど、念のためのおさらいだ。
「少なくとも4万年前に、この星に墜落した星があるのは知ってるわね?」
「うん。海に落ちなかった部分は浮遊大陸デジュカになってるって習った」
「うん、そうね。星には核がある──魔核と言ってもいい。規模は桁違いだけど」
「あー、メア大陸の」
フレスベルグが頷いた。
「そう。星核は二つに割れて、デジュカに三割。メア大陸に七割の比率で存在していた──当時はデジュカのは純白、メアのは漆黒の巨大な岩だったと伝えられてる」
──当然ながら、星核には莫大なエネルギーが秘められていた。
デジュカからは三体のエルフを、
メアからは推定二十体の種族を発生させている。
「デジュカの星核は、私が発生した時に崩れてロストしてる。メアの星核も現在かなり色褪せて風化してるから、フレスベルグで最後か、もう一体でロストすると思う」
「うん」
珍しく真面目に聞いているフレスベルグ。
それはそれで不安だ。
ちゃんと聞いているんだろうか?
「魔族側の事情はフレスベルグが身をもって経験してるから、知ってるわね。星核の魔族は、発見次第駆除される」
強すぎて脅威になるからね。
これは相当昔から続いてる風習。
「そこをクリアして生き延びた魔族は──私が知ってる限りだと、レスターとカルミラ。そしてフレスベルグ」
「俺もそれしか知らんわ」
フレスベルグがホワイトボードを眺めながら、ぽつりと呟いた。
「星核から発生した者はなにかおかしくて……必ず転生者でもある。私を含めてね。フレスベルグもよ」
「え、レスターも?」
「本人が言わないから聞いてないけど、レスターは日本組だと思うわよ?カルミラは違う世界からみたいだけど」
「地球……ってか、日本率高くね?」
「まあ……日本には八百万の神がいるから」
「神の数かよ」
「推測よ、推測」
本当のことなど、知りようもない。
システムをわかっていたら、自由自在に行き来出来てるはずだもの。
永遠の謎なんじゃないかしらね?
「さあ、フレスベルグの細胞チェックよ」
私は古龍由来の媒体を幾つか取り出し、慎重にそれぞれ調合し、数種類の魔方陣ペンのインクに混ぜ込んだ。
そして、立体的多重魔方陣を立ち上げた。
「昔は羽根ペンだったのよ。今は魔方陣ペンがあるからすごく楽に編める」
「球形の魔方陣──立体的魔方陣なんて初めて見た……」
フレスベルグが掠れた声で呟く。
「これが禁忌とされる、創命環陣よ」
「そうめいかんじん……」
「命そのものを、構成式と数値の羅列に還元する魔方陣よ。これは創命環陣その一で、解析陣なの」
「ソフィーもそれで解析すれば良いんじゃね」
「ダメ。単品で使った場合、解析後はロストする……抹消されるから死んじゃう」
「怖ッ」
「その四まで重ねて使うものなの、本来。重ねた完成形は真っ黒の球形で、すごく禍々しい」
「これを、四つも……」
「簡単に言うと解析、変換、融合、定着。これで命の冒涜をしてたのよ」
フレスベルグが後退り、壁に背をつけた。
「ちなみにこれを維持する魔力は膨大で、私でも長くは維持できない」
当時は『命そのもの』を別の魔法陣で魔力に変換して運用されていたと記録にある。
フレスベルグの鱗と肉片を一つ、創命環陣にセット。
球の中心に固定されたサンプルは、起動のための魔力を注ぐとくるくると回り始める。
自覚できるくらい勢いよく魔力を消費しつつ、深紅に光り始める魔方陣。
時々ノイズのように黒い線が走るのも、見た目の禍々しさを倍増している。
高圧魔力特有の高音域の稼働音が、耳を打つ。
明るい青緑色の文字が、帯のように創命環陣の回りを螺旋状に漂い始め、異様な雰囲気を醸し出す。
──早く解析しないと、燃料切れになる。
私は無駄話をやめ、古代の魔法文字解読に専念した。
魔方陣は消え失せ、私は脱力感からぐったりと床に座り込んだ。
勿論一回で全部読み取れたわけじゃない。
十日ほどかけて、数種類のサンプルから情報を引き出した。
解析結果は──
・ヒト18%
・龍27%
・文字化け、49%
・ケルベロス3%
残り3%は精霊、不死族、幻魔族と──判読しきれなかった幾つかの遺伝子だった。
「ケルベロス、ケルベロス入ってたわ」
「マジかよ!なのに俺なんであいつらから、あんな仕打ちを!?」
「ダメ、笑い死んでしまうわ……魔力がもうないのに」
「納得いかねえええ!」
「ブフッ……あっちから見たら裏切り者なのよ、多分!」
「ひでぇ……3%で嫌われるとか理不尽すぎんだろ」
フレスベルグは地団駄を踏み、悔しがった。