フレスベルグのルーツ②
「そもそも、神族創成事件のきっかけは魔族とエルフの確執から始まってるの」
私はゆっくり話し始めた。
「勿論、エルフが悪かったんだけどね……」
「お、おう?」
「ゴブリンのダンジョンに行く時、ティティがデジュカには行かないって話してたの、覚えてる?」
「ああ、妖精の羽を──ハネモギがいるって」
そうそう、ハネモギのせいでデジュカは妖精たちの忌み地になってる。
「ハネモギはエルフだった。ハネモギしてたのは一万六千年前」
「そんな昔からの話!?」
「そこからしばらくして九千年前。ああ、数日前にメモと照らし合わせて正確な年代をメモしなおしたから、九千年前で間違いないわ」
記憶とは、千年~二千年くらい違ってたのは内緒だ。
長く生きてるとそういうの適当になりがちだからね……ちゃんと確認したから今回の数字は信憑性がある。
「とりあえず名前はハネモギにしておくわ。そのハネモギは、一部の魔族から生きたまま魔核を取り出す研究をしててね……」
「あー、教科書にあった魔核抜き取り事件の……『悪夢の五百年戦争』か」
「そうそう、ハネモギとその人は同一人物。二百年くらい好き勝手に実験してたけど、魔族にとうとうバレて──魔族側の対策が始まった」
「なんで魔族?」
「魔力が特に大きいエルフや魔族は死んだら魔核が残ることがあるでしょ?」
「うん」
魔核を残すのは魔獣だけれど、ヒト族も稀にある。
全員ではない。
特に強いものだけが、魔核を残すのだ。
「魔族が狙いやすかったんだと思う。魔界は別として、メア大陸や他にいる魔族って一匹狼が多かったから。エルフはちょっと面倒だったんじゃないかしらね」
フレスベルグは一応メモを取ることにしたらしい。
ホムンクルスが軽食を持ってきたので、摘まみながら話を続ける。
「一部の魔族が、ハネモギ討伐を目指して始めたのが神族創成なの」
フレスベルグが少し考えて、呟いた。
「でも九千年前なら──まだ奴隷制度があったはずじゃね?アホほど代償のいる召喚やるっておかしくね?」
「奴隷だけじゃ足りなかった、というのが正しいと思う。奴隷どころか誘拐で研究施設に連れて来られた者も多かったはず」
「……………………」
「研究施設について、もっと詳しく知りたかったらレスターに聞くと良いわ」
「え、レスター?」
「うん。研究施設閉鎖とハネモギ討伐に関わった一人だからね」
ほえー、とため息をついて、フレスベルグは立ち上がり部屋をうろうろし始めた。
「神族創成はそうねえ、簡単に言ってしまえばキメラにヒトの魂を強引に移植するようなもの」
「……………………」
「ただし、その『キメラ』は動物ではなく人間と大差ない姿をしていた。素材がヒトとか獣人だったから」
フレスベルグは黙って聞いている。
私はそのまま話を続けた。
「研究施設は七百年もの間、大量の異世界召喚を行い、神族と呼ばれる種族を作り出した」
「聞けば聞くほどアレだよなぁ、その話」
「神族を従え、ハネモギを討伐したのが八千と百年前で──そこから数ヶ月で研究施設も閉鎖、データや資料も廃棄されている」
私は自分のメモ帳を閉じ、フレスベルグをじっと見つめた。
「前置きが長くなったけれど本題に入るわ。そもそもエルフが、魔族にそんな真似しなければ起きなかったかもしれないけれど」
私は深呼吸して、息を整えた。
「神族創成の研究は、本当に倫理的にも酷いものだった。けれど、今の医療分野の発展に貢献しているという側面もある」
フレスベルグはじっと聞いている。
寝てるんじゃないでしょうね?
つついたら、振り払われた。
「処分されたのは異世界召喚とか神族のデータ──後世に残してはいけない、と反研究派が判断したもの。つまりほとんどね」
(どさくさに紛れて、データを全部抜いていった悪いヤツもいたんだけど──まあ、私の悪事はいちいち言わなくてもいいわね)
「本題は遺伝子鑑定よ」
「あー、DNA鑑定みたいな?」
「理屈はそれで良いんだけど、こっちの世界には種族差、魔臓みたいな物も加味されてるから──そう簡単な話でもない」
「確かにあっちにはない要素が多いよな」
「よく使われてるのは魔力の波動……魔紋検査よね。簡易的なものから血液必須のものまである。もちろん魔力のないヒトもいるから、DNA検査も確立してる」
「転移者と、魔無しか」
「そう。それと生物ごとに魔力をどう変換して使うかの経路が違う。だから解析の結果は違ってくる」
「……つまり、魔力込みのDNA鑑定ってこと?」
「そうね、それが近いかな。私が試したいのはのは──サンプルを魔法陣において、魔素配列を展開して、そこに浮かぶ系統模様を……複数の魔方陣で言語化して全部照合するの」
魔族なら角や牙の形、エルフなら魔力の精度、ヒト属なら臓器構成とか……潜在魔力量、心身の強度及びストレス耐性──そういう情報まで出せる。
「うわぁ……身体検査ってレベルじゃねぇな」
「でもこの技術、研究施設の禁忌……廃棄対象でね。知ってる人はごく僅か」
「つまりジューンはそれを」
私はフレスベルグの口を手でふさいだ。
「言っちゃダメよ。禁忌だからね」
ぶんぶんと頷くフレスベルグ。
念のため、合意の上で『これについては話せない』魔法誓約もした。
「──それでも昔よりはずっとマシよ。神族創成の頃は、遺伝子を実体として切り貼りしてたんだから」
「ほんと、えげつないよなぁ。神族がダンジョンコアになっても呪ってくる訳だわ……」
「不死を解除してあげるくらいしか出来なかったの、反研究派はね。切り刻まれた魂は治せなかった」
「聞いただけでゾワゾワする」
「ところが……神族の肉体が消滅して残った魔核に『魂』が付着させられてるのがわかって、お手上げになった。改造された魂は円環にも戻れない」
「魂送りも?」
「葬送系の魔法は何も効かなかった。そもそも魂の円環というシステムから『魂』だと認識されてない状態で、どうにもならなかったの」
「酷すぎる」
フレスベルグが、ぐったりとした顔で呟いた。
(成仏すら出来ず、魔核だけで意識持って生きてるからダンジョンコアにするしかなかったんだけど……)
この世界を怨んでやまないのが、ダンジョンコアなのだ。
あの手この手でヒト属の生者を誘き寄せ──あわよくば、殺してる。
飽きることもやめることもない、永久機関……
それがこの世界のダンジョンなのだ。
「そういうわけで、フレスベルグの遺伝子鑑定よ」