フレスベルグのルーツ①
私室サロンに行きましょ、とカルミラは言いスタスタと歩き始めた。
石造りの城はひんやりしていて、私には寒いくらい。
カルミラたちにはちょうど良い温度なんだろうけどね。
「で、なにかしら?」
カルミラはワイングラスを手に取りながら、私を見つめた。
「フレスベルグよ、フレスベルグ」
「フレちゃん?」
私は頷いた。
「魔法の基礎が出来てないのは何故?」
カルミラは目をそらし、しばらく黙っていたが──
「フレちゃんは……百年ちょっとで家出しちゃってて」
うん、それは知ってる。
「剣技と攻撃魔法の座学と実践は好きでちゃんと家庭教師の授業受けてたんだけどね」
「他の座学は?」
「逃げ回ってたわね」
(やっぱりねぇ、そうじゃないかと思ったわ)
「それじゃダメって、毎日小言言ってたら家出しちゃって──ネモが痛い目見るまでほっとこうって言うし、それもそうかなって」
カルミラは肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「性格的にやってみないとダメって人いるものね、それはわかるけど──魔王やるには危ういわね」
「そうよねぇ……」
カルミラは大きなため息をついた。
フレスベルグは魔族だけど、他の魔族とはちょっと違う気がしてるのよ。
やけに頑丈だしね。
「フレスベルグの種族って?」
「オンリーワンよ、多分。同じ種族はいなさそう──私と、貴女と同じだもの」
「ちょっとフレスベルグを調べたいんだけど、一ヶ月くらい拘束しても良い?」
「良いわよ、フレちゃんは訓練くらいしか今出来ること無いしねー」
(よし、育ての母の言質が取れたわ)
私はカルミラに丁寧に挨拶をし、ひよこ島に戻った。
ミシュティにしばらく留守にすると告げ、そのままフレスベルグの家へ。
庭はひどい有り様だったけれど、今回の用件には関係ないのでスルー。
私は外から多重結界と障壁を張り、私以外は家から出入り不可状態にした。
ドアをノックすると、フレスベルグは怪しみながらもお茶を出してくれた。
お茶を出したのはホムンクルスだけど。
ソファーに深く腰掛け、私はフレスベルグに尋ねた。
「ねえ、今私が外で何をしたか感じてた?」
「いーや?」
やっぱりね。
能力的には出来ないわけではない。
──気にしてないから、気付かないんだわ。
「……確認してみて」
素直なフレスベルグは、玄関に行き障壁に吹っ飛ばされた。
「おい!」
「ちょっとは『なんで?』って思わないの?あなた」
私は笑いを堪えながら、ソファー座り直した。
「いや、だって──」
「フレスベルグ。結論から先に言うけど──エルフと戦ったら生き残れないと思う。少なくとも、今の貴方だとね」
「確かにエルフは強いけどさぁ」
フレスベルグは納得いかない顔だ。
「とりあえず脱いでくれる?パンツは履いてて良いわよ」
口を開きかけ、私の顔を見たフレスベルグは何かを諦めたように服を脱ぎ始めた。
「痩せ型、筋肉質──皮膚はヒト属と見た目の差はなく、正常。後ろ向いて──ん?背中から腰にかけた楕円形六センチ、左臀部から太ももにかけ十センチ大のほぼ円形の異常所見……」
「異常!?異常って!?」
騒ぐフレスベルグを無視し、私はフレスベルグの背中と太ももからサンプルを採取した。
ぶちっ!
「いてぇ!なにすんだよ!」
ぶちっ。
「痛い痛い!やめてー!」
「もう終わったわよ」
サンプルをちぎった箇所は血が出ていたが、すぐに塞がり──また、鱗が生えてきた。
「もう服を着ていいわ」
サンプルを保存液入りの瓶に一つずつ分けて、キュっと蓋をしておく。
蓋の魔方陣で、鮮度保持される便利な保存瓶だ。
「フレスベルグ、これに見覚えは?」
「!?」
「うそ、見覚え無いの?」
フレスベルグは瓶に入った黒曜石の破片のような鱗を眺め、飛び退いた。
「なんだよそれ、気持ち悪いなぁ……肉片ついてるじゃんか」
「あなたの鱗と肉片だけど?」
「うそだぁ、鱗とか……あれ、確かに腰と太ももの見えないとこはザラついてるけど──ええ!?鱗!?」
(確かに背中~腰は中心部、臀部から太ももも自分じゃ見られない場所ではあるけれど……)
普通、違和感があったら確認して調べるものでは!?
(──気にならない性格ってことでいいのかしらね)
「ザラザラは鱗のせいでしょうねぇ」
私は瓶の中の三~四ミリの鱗を眺め、ソファーに戻った。
テーブルに瓶を置き、私は推論を話した。
「あなたね、すごい頑丈よね」
「うん」
「すごく、よ?不思議じゃない?」
「こんなもんじゃねーの?」
いや、頑健さでは私より上だと思う。
生存率は間違いなく私の方が高いけれど、一撃のダメージに耐え得る肉体的強度は……間違いなくフレスベルグが上回ってる。
私はフレスベルグの髪の毛を数本引っこ抜き、血液も採取した。
「今から理由を確認してみようと思う。空いてる部屋はあるかしら?」
フレスベルグは不思議そうにしていたが、ホムンクルスに命じて一室を用意してくれた。
「なにするん?」
「簡易的なラボにするの。まずあなたの種族に近いものを特定する」
「え、そんなのわかるん?」
私はちょっと考え、フレスベルグには最初からきちんと話して理解させるべきだと判断した。
「何回か話したことがあると思うけど、神族創成の事は知ってるよね?」
「ああ、メア大陸の廃墟になってる魔族の研究施設だろ」
「そうそう、まずアレが出来たのはね……」