ジューン、おこ。
翌日──緊急会議を開くというお知らせが来た。
午後からである。
渋々、ミシュティと出掛けると既に全員揃っていた。
議題は当然エルフである。
「フレスベルグ、本気で死ぬんじゃ」
「エルフだからな」
「これはふざけてる場合じゃないわね……」
フレスベルグが、嫌そうな顔で言った。
「これ、間違いなく偽装とか通じずで……殺しに来るよね?エルフだもんなぁ、ジューンに任せるしかねえよな?」
うん、全員が頷いた。
「エルフは誤魔化されてくれないと思う。魔力感知の精度が高すぎて」
「ジューンより厄介ってことは……まず無いとは思うけど」
カルミラが溜め息をついた。
全員が私を不穏な目付きで見てくる。
「なによ」
「なにってエルフのことはエルフに……」
「嫌よ!」
私は立ち上がった。
何で私がエルフだからって理由で、面倒事を引き受けなきゃいけないの。
おかしいでしょ。
「いい、私はカルミラが魔王組合を作るとき、軌道に乗るまでは手伝うとは言ったわ」
そう、軌道に乗るまでは、よ。
私が希望して入った訳じゃない。
「ジューン、そう、そうよね、落ち着いて──」
「落ち着いてるわよ、私にエルフだからという理由で厄介事押し付けないで欲しいだけ」
「わかった、わかったわ!まず座りましょう?」
「いいえ、ここはもうハッキリ言わせてもらうわ。決まったことを平等に適材適所でやるのはいいけれど──エルフだからって理由でお前がやれって言うなら、私は組合から抜けさせてもらう」
「そうね、失礼な言い方だったわ。謝罪します」
全員が謝罪の意を示したけれど、どうにも納得がいかない。
エルフを選んで生まれた訳じゃない。
そりゃ、エルフだったから生きてこられたとか、良い面もいっぱいあった。
種族は変えられない。
生まれてきた時に持たされていたカードで、勝負するしかないのだ。
良いこと悪いこと、どちらもあるエルフだけど──エルフなんだからエルフの世話をしろとか暴論過ぎると思うの。
私は言葉を飲み込み、謝罪を受け入れて椅子に座り直した。
フレスベルグはどうせ深く考えた上での発言じゃないし、他のみんなも悪ふざけだったのもわかってる。
(私は常識のあるエルフ、常識のあるエルフ……)
もちろん、やってやれないことは無いだろう。
冒険に出る前に暗殺しても良い。
報酬を調べて、もっと良いものを提示して懐柔しても良い。
最終決戦でアラインだけ私が拘束するという手だってある──
ただ、それをエルフだからって理由でやって当たり前と思われるのは心外。
「私はエルフである前に、みんなと同じ組合員なのよ」
会議室はなんとなく気まずくなり……。
カルミラが、今日はもう解散して二日後にまた緊急会議にするというのでお開きになった。
ミシュティは実家にいくというので、私はフレスベルグの家に行った。
庭にはまだどんぐりの山がある。
家の中にはお手伝いのホムンクルスがいるから、保護で……家には物理障壁、防熱、防音、防火の魔法をかけておく。
ポツンと一軒家なので、近所迷惑にはならないけれど、一応延焼を予防するために五十メートル以上は飛ばないよう円形に障壁。
私は限界まで熱した石を数十個、どんぐり山に埋め込んだ。
植物性オイルも数百リットル足しておこう。
煙が上がったところで、ちょっと離れた庭がよく見える場所に転移。
椅子と小さなテーブルを出し、ワインを飲み始める。
おつまみはスパイシーなフレーバーのナッツ。
二杯目を飲み終わった頃、どんぐり山は良い感じになってきた。
火ではなく炭代わりに石を使ったので、燃え上がってはいないが──内部は高温・酸素不足で「燻焼」状態、外殻は油煙と炎で赤熱している。
爆ぜやすい条件がすでに整っている。
(あ、帰ってきたわね)
フレスベルグは煙に気がつき、大きな水球を浮かべた。
(絶対水かけちゃうと思ったわ……フレスベルグだし)
水がかかった瞬間、
「ドォン!!」と腹に響く轟音が庭を揺らした。
次の瞬間──数百万の弾丸が一斉に炸裂した。
殻が砕けて火花を撒き散らし、油煙が白い爆風にのって空へと噴き上がる。
パパパパパパパパァン!!
赤や橙の火花が空を覆い、まるで花火大会。
「カンパーイ」
私は三杯目を天に掲げた。
「ぎゃあああああ!?」
フレスベルグは散弾の雨を浴び、黒焦げの鶏みたいに飛び出して庭を転げ回りながら、次々に爆ぜ飛ぶどんぐりの弾丸を必死に避けていた。
頭上で「パァン!パァン!」と乾いた破裂音、油煙の火花が降り注ぎ、彼の衣服を容赦なく焦がす。
「水!いや風?風で吹き飛ばす!?……うわっ熱っ!!」
「ちょ、まっ、なんでまだ爆ぜてんのぉおお!?」
慌てて風魔法を展開するも、爆風が逆流して吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられたフレスベルグは、必死に身を低くして、爆裂片から顔を守った。
「どんぐりってこんな兵器だったのかよぉおお!」
彼の叫び声は、打ち上げ花火みたいな破裂音にかき消されていった。
庭は見る影もなく、どんぐりの破片で覆われた焼け野原。
近隣に家がなかったのは、まさに僥倖だった。
パパパパパパ!パパーン!
「見て見て!最高の打ち上げ花火じゃない!」
笑いが止まらない私はソフィーに話し掛けた。
返事はなかったが。
──油分の多いどんぐりの表面の赤熱層に触れた水は一瞬で蒸発 → 水蒸気爆発。
同時に急冷された殻が割れ、中の油分が飛散。
最初の破裂が連鎖的に周囲へ。
二百万発オーバーの弾丸めいたどんぐり片が、水平〜斜め上方向へ秒速100m級で飛散。
フレスベルグはその中心にいるため、小石の散弾を浴び続けるような状態に。
彼はもちろん、頑丈なので怪我するほどではない。
私は酔いも手伝って笑い転げ、椅子から転げ落ちた。
水かけちゃうと思ってたけど!
ホントにかけるとは────
最初の盛大な爆裂は五分もなかったけれど、その後もチマチマと爆裂は続いている。
一時間ほどたって、ようやくどんぐりは爆ぜなくなってきたけれど、規模が規模だから一日以上は燃え続けるでしょうね。
私は局地的豪雨を降らせ、強制的に消火して帰宅した。
火の始末はちゃんとしないとね。
危ないからね。