ケット・シー姉弟も来る
ソフィーがカップの影で長くなって寝たあたりで、フレスベルグがようやく現実に帰ってきた。
「ジューン、最初のヒロインが決まったぞ」
「ほー」
「いいか、転移した主人公を偶然保護してくれる巨乳」
「その偶然も何故そうなったか書く必要があるのよ……何故彼女がその場所にいたのか」
「偶然だよ、偶然」
私はカップを静かに置いた。
「主人公が転移する、当然パニックになる」
「そうそう!そこに巨乳が現れる」
「えーと、『男性』だから保護されるんでしょ?そこに転移者が来ると知ってて、そこにいたのか本当に偶然居合わせたのか──」
「ええー、そこも考えないとダメ?」
「ヒロインにするなら、違和感の無い立ち位置にするべきじゃないの」
「うーむ」
「コメディに持っていくなら、偶然とか巨乳が理由でもいい。でもストーリー性のあるハーレムものなら、偶然ではなくて必然的な方がドラマティックじゃない?」
「なるほど。例えばどういう?」
「ヒロインが国家側に追われて逃げ込んだ廃屋で出会うとか、主人公の存在を知らずに誰かを物陰で待ってるとか──いくらでも作れるでしょ」
「ふむ。で、組織の女の子たちが俺──じゃない、主人公に惚れてハーレムを」
「何故惚れられるのか、が説得力ないと。その世界観だと吊り橋効果というか、男性ってだけで相当有利ではあるけど、男性として惚れられるのか、細胞として必要にされるのか」
「そりゃ恋愛対象としてだよ!で嫉妬されたり取り合いされたり尽くされたり──」
フレスベルグが強く言い切った。
ソフィーが起きて、カップの影に沈んでいく。
煩かったんでしょうね。
「そもそもハーレムの定義とは?からね。全員、全てにおいて公平に扱わないと成立しないのよ?」
「ちゃんと全員愛す設定で──」
「まず、転移したてで生活力も資産もない。つまりヒモよね?じゃあ、どうやって女性たちの序列を決めてコントロールするか──」
「そ、それは──お人柄?」
「そうね、主人公が差し出せるものは人柄、知識、細胞」
「細胞って言うなよ……」
「結論から言うと、まず、主人公に金も生活力も無いけど大勢の女性から魅力的と思わせる『理由付け』から練っていかないとよ──細胞以外に」
フレスベルグは頭を抱えた。
「ロマンもクソもねえ!一体どうしたら──」
「まあ、時間はいっぱいあるんだしゆっくり練っていけば良いじゃないの」
「そうだなー。巨乳は譲れないけどちょっと考えるわ……てソフィー、転移出来んの!?」
ソフィーがテーブルから離れた窓辺の花瓶の影から現れ、フレスベルグを驚かせた。
「そうなの。影を媒体にしてるっぽい」
フレスベルグは窓に近寄りかがんでソフィーを観察し、床に転がった。
「いてぇ!頭突きくらった!」
「多分女の子だから。不躾に見たからじゃないの」
ソフィーがフレスベルグの影からヒョイと姿を表し、戸棚の影へ。
「あら、追いかけっこのお誘いかしら」
フレスベルグが戸棚にぶつかり「いってぇ!」と叫ぶと、ソフィーは影に潜って机の下へ。
「待てコラ!」と本気で追うフレスベルグを、私は紅茶片手に見物した。
私はフレスベルグとソフィーの追いかけっこをしばらく眺め、ソフィーにおともだちが出来たことを内心で祝うことにした。
(意外と遊びたがりな子なのかしらね?)
まだまだ謎が多いソフィーちゃんである。
フレスベルグは二時間も追いかけっこを続け、なんだか疲れたと言って帰っていった。
ソフィーは窓辺で夕陽を浴びて静かにしている。
「ミシュティ呼んでも大丈夫そうね」
ミシュティとバルフィには馴れてもらわないと、生活に支障が出るものね。
手紙を出すと、『今いきます!』と速攻返信が来た。
転移してきたケット・シー姉弟。
到着するなり、ブワッと毛が膨らんだ。
「この気配……」
「これは一体!」
(これが普通の反応よね。フレスベルグってやっぱりニブいのかしら)
先に気を取り直したのは、お姉ちゃんであるミシュティだった。
「まあ──この子がソフィーちゃんですのね?なんだか古龍みたいな気配ですけれど……小さくて可愛い……」
可愛いもの好きのミシュティは、ポケットからお近づきの印なのか煮干しを取り出した。
(え、煮干しめっちゃ食べてる?魚好きなのかしら?おかわりまで所望して──)
ポケットに煮干し……
ミシュティのおやつ……?
「あら?ソフィーちゃん……影移動を?」
ミシュティの呑気な声がする。
バルフィは目を見開いてノートにメモをしたり、スケッチをしている。
「姿は蛇──約十センチ、気配は龍に酷似──影移動、闇龍の影飛行様相……?いや、闇狼の影走りに近いか……それにしては……」
バルフィは違う世界に行ってしまっている。
ソフィーは、ミシュティが取り出した羽ハタキの影に出入りして遊び始めた。
(猫は猫じゃらしで遊ぶけど──ソフィーはその影で遊ぶのね)
ソフィーは興奮してきたのか、羽ハタキの影、バルフィの影、ドアの影と見てわかるくらいはしゃいでいる。
(ソフィーが災厄?ただの幼子みたい。こんな性質なのに、怖がられて封印されてたんだとしたら──)
長い間、ずいぶん寂しかったでしょうね。
ミシュティが更に羽ハタキを取り出し、私とバルフィに貸してくれた。
何本持っているのだろうか?
結局、夜遅くまで私たちは羽ハタキを振り回し、ソフィーと遊び続けた。




