中身はー?
百五十センチ四方の石の箱である。
雰囲気は柩……石柩といったところか。
大きめブラシで慎重に土を落としていく。
落ちた土は必要があれば、調べる。
全面を埋め尽くすように彫られている魔方陣。
(魔方陣を魔力ペンや魔方陣杖で焼き付けず、直接彫るのは…………)
──まず、この石柩は磨かれておらず表面が凸凹している。
紙やツルリとした平面に、筆記用具で魔方陣を描くやり方は昔からある。
だが、表面が均一でない素地に魔方陣を魔力で焼き付けられる技術が出てきたのは、二千年近く前。
歴史的に見たら、比較的新しい技術なのだ。
それまでは、こういうものには彫刻一択。
(ダミーで無ければ、二千年前のもの)
アルシア王国は建国八百年。
推定通りなら、荒れ地か何らかの国家があったはずだけど──
そんな国家あった覚えがないから、多分荒れ地か何らかの儀式場よね。
ネイシス大陸は、一番新しい大陸。
九千年くらい前にあった、彗星衝突からの天変地異で隆起した大陸なのでそれ以上古いと言う事はないはず。
(なら、私が知らない技術ではないはず……)
「癖も違う。何人かで彫ってるのね」
魔方陣自体はよくあるものだ。
封印系であるという、実に不穏なものだが。
浮遊魔法で蓋を持ち上げてみる。
(蓋の方が重量がある……被せ式か。接着媒体は……消失してる)
経年劣化かな。
石柩の魔方陣も、石が崩れて消えかけているものもある。
ちょっぴりへばり付いている、黒ずんだ接着媒体を採取して鑑定。
(聖竜の肝、膠と聖礼木の樹液……やっぱり封印系ねぇ)
せっかく持ち上げたし、特に異変もないからこのまま蓋取っちゃおう。
そっと横に蓋をおろし、中を覗き込む。
「………………ええっ」
中には、石柩が入っていた。
同じように魔方陣が掘ってある。
その中も、石柩。
「マトリョーシカなのっ!?」
恐る恐る次を開けると、聖礼木製の木箱。
魔方陣は彫刻のまま。
ただ、効果をあげるためか龍血で彩色されている。
(特に怪しい気配は無いのよね……最初からあった、微かな闇の気配だけ)
木箱は四層。
箱の大きさは五十センチくらいになっていた。
「…………ああ、やっぱりぃ」
私は膝をついた。
次は金属の箱だった。
「なんなの、ほんと」
朝日の洗礼を受けつつ、一旦休憩。
念のため、箱には魔封布を掛けておく。
目を離すのも嫌なので、工房のドアは開けたまま、タマゴサンドとコーヒーを。
いや、特になにもないんだけどね。
(中途半端が一番ヤバいから、最後まで開けるか封印し直すかの二択しかない)
どこで開封する?
「中身の予想が全くつかない……」
十年くらいかけて、作られてるっぽいし……いったい何が納められているのか。
その後、金属箱は四層。
紙箱になった。
「多層過ぎよ!全く」
紙箱を三つ開けたところで、初めて蓋の裏に文字が書いてある。
「…………古代文字ね」
厳密には、今使われている言語のもとになっている旧文字。
(となると、これが使われていた時代は三千年前。天変地異後なのは確定よね)
「うーん、え、嘘」
文字を読んでいくと、中身の名前が普通に書いてあるんだけど?
『影』
「影!なんの影?」
「……そのすがた……は……って字が汚すぎて読みにくい」
【封ずるもの、影なり。
その形、蛇を象り、理の影たる災厄なり。
これを御す術なし。ゆえに、永劫の封を施すものとす。】
「永劫って……期限切れじゃないの」
(次の箱は手の平サイズなんだけど?災厄が手の平サイズ?)
パカッ。
紙箱を開封すると確かに蛇が入っていた。
煤のように真っ黒な十センチ程度の蛇。
「なんと親切な」
【ソフィーカタマヴロス】
箱の裏に、蛇の真名が大きく書かれてある。
【真名ありても制御叶わず】という但書き付きで。
「女の子なのかしら」
(寝てるっぽい。とりあえず真名わかってるし、ヤバそうだからテイムしちゃおうかな)
起きない蛇に、鑑定をしたら『???』とでた。
わからないものは文字化けするんだけど、『???』って表示は初めて見た。
知ってるけど理解していないもの?
理解してるけど、気付けないもの?
どういうことなんだろうか。
(考えるのは後ね。まず、安全確保が先)
最強度のテイムを仕掛けてみる。
行動拘束型の、術式だ。
(いい子だったら緩めてあげる)
最大出力の魔方陣が立ち上がり、音も魔力波もうるさいだろうに、ソフィーは──無抵抗。
なんと、起きないまま私の従魔になった。
「え、これが災厄…………?」
つまみ上げて手のひらに乗せてみる。
ひんやりサラサラだ。
真っ黒過ぎて、光を反射しない。
ベンタブラックって感じ。
しばらく眺めていると、目が開いた。
その瞳は真っ黒だけど、星屑のようにキラキラしている。
(か、可愛いじゃないの……)
その瞬間、結構な量の魔力を持っていかれた。
「ははーん、君、魔力切れでダウンしてた?」
なるほど、なるほど。
魔力切れでダウンしてたから無抵抗だったのね。
充填完了したソフィーがゆらりと鎌首をもたげる。
目が血のように赤く染まり、魔力がとろりと空気を震わせる。
「……やる気?」
思わず私も臨戦体勢で身構える。
──が、ソフィーは私を見るなり、スルリと後退。
距離を取ろうと必死そうだったが、逃がすわけがない。
手のひらにいたんだから、握り締めれば私の勝ちである。
「待ちなさい、ねえ。あなた災厄でしょ!? なんでエルフを怖がるの!」




