ノルマ達成
名もなき村を焼き払った翌日、私はエイプリルとしてソーンという村に来ている。
ひよこ島からユーニウスも連れてきている。
交通手段で怪しまれるのは困るからね。
ユーニウスは魔道具で、そこらにいる馬と同じ栗毛の外見に変えてある。
──ソーン村から、少し離れた山の中腹にあるのが『名もなき村』
間に遮蔽物が無いので、青黒い巨大な火柱が良く見える。
「あんた、大変な時に来ちゃったね」
宿の手配中、宿屋の女将が気の毒そうに話し出した。
「ああ、ジーヴルに行くのかい?」
「ええ、魔術ギルド支部があるから、一回行ってみようと思ってて」
「普段は静かなんだけどね。昨日の深夜に山腹から気味悪い炎が出て」
私は白々しく頷き、困ったように受付横の窓から見える山に目をやった。
「村に入るときに見たわ。あの色──ただの山火事じゃなさそうね」
女将は銀貨三枚のお釣りを私の手のひらに落としながら、ため息混じりで「ほんとに」と声を潜めた。
「延焼するんじゃないかって、今皆で山裾に水を撒いてるけど──あれがただの火じゃないのは見た通りだし。こっちに来ないことを祈るばかりだよ」
「あんた、ジーヴルの魔術ギルドに行くんだろ?なら魔術師だよね。あの火──なんだと思う?」
「そうですねぇ、あの燃え方、色──普通じゃないです。おそらく魔力由来かなって」
『エイプリル』は生真面目な顔で、女将と窓辺にいってゆっくり山を眺めた。
「明日はジーヴル行くんだろ?仕事かい」
「仕事で行く訳じゃないんです。北にしか支部が無いって聞いていたので、ジーヴルを見に来ただけ。王都にこのまま住むか、北に引っ越すか悩んでて。──ほら、王都って物価も高いし……」
女将は「ああ」と納得したように頷いた。
「栄えてるとこは高いからね、そりゃ考えちゃうよね」
「そうなんですよ、家賃が高くて。──あの炎、なんであんな中途半端な場所で燃えているのかしらね?」
「食堂はここだから、二十一の刻までに来るんだよ──あのあたりには村があるはずなんだよ。そこが火元なのか、巻き込まれてるのか、無事なのかはちょっとわからないね」
女将は部屋を案内するために歩き始めたので、私も足を動かした。
(他に使用人はいないのかしら……)
私の内心に答えるかのように、女将が口を開いた。
「バタバタしててすみませんねぇ、メイドも使用人も水撒きとかお使いに持ってかれちゃってて──今は私しか居ないのさ」
「そうなのね。まあ、ちょっと不気味だし調べたり守る方が大事ですね。私はお夕飯さえ出していただけるなら、問題ないのでお構い無く」
「ハハ、今日泊まりはお姉さんと──隣村の夫婦もんしか居ないから問題ないよ!」
狭いけれど、清潔な部屋に通されようやく一人でゆっくり出来る時間になった。
古いお宿だが、シーツには皺ひとつないし窓もピッカピカ。
(ああ、この部屋からちょうど観察出来るじゃないの)
魔方陣ビューな部屋ね。
どうなるか、連泊で様子見するか魔術ギルド経由で調査隊に潜り込むか。
(……いや、下手に介入せず放置が一番迷走しそうね)
二階の窓から眺めると、水を載せた荷馬車がいくつも忙しなく行き来している。
村から山裾までは馬車で二十分くらいだろうか。
「…………非効率ねぇ」
山裾付近に水源がないのね、きっと。
川はあったけど遠かったはずだし。
(延焼なんてしないんだけどね)
死者ゼロで終われて良かった。
もし出てても、全然気にならないエルフ気質ではあるけれど。
それでも出ない方が、いい。
(私の人間部分、というよりは事後処理が簡単だからなんだけどね)
(トラブルは起こさない、って誓約があるからねぇ)
まあ、私が何をしようとバレなければ問題ない。
王子殿下と交わした魔法契約は、破ってない。
(こんなのトラブルのうちに入らないもの。認識の差による抜け道ってとこね)
──日中も不気味だったけど。
青黒い炎は、夜こそ禍々しい。
魔方陣に組み込まれた『怨嗟のようにも聞こえる音源』が、深夜にランダム発生するから。
生活音の無くなる静かな時間帯になると、音も吹き下ろす風にのってソーン村まで微かに届いて来ている。
人々は家の外に出て、山を眺めアレコレ噂をして落ち着かない。
(いい感じね)
食堂で簡単な夕食を取り、さっさと就寝。
(もうこれ以上の観察はいいや……やっとノルマから解放される)
明朝、怪しまれないようジーヴル方面にユーニウスと立ち去って──適当な場所で転移して帰ろっと。
この件のその後、はカルミラというか魔王組合の下請けの調査隊が調べると思うし。




