名もなき村
村長が隅にいた私の元にやってきた。
「我々は身内がおらんか、疎遠なもんばっかりでぇな……魔法契約してくれるなら、みんなで行こうと思うだぁよ……」
移住先は魔界の正式名である、ポイニークーン諸島と表記する。
魔法契約ならなおさら正式名称が望ましいので、問題ナシだ。
さいわい、村長が読み書き可能だったので手間取ることなく契約。
数時間ほど村民に大事な物を持ち出す時間を与えて、ミシュティはその間に入居手続き。
「鍬……どうすっぺ」
「持っていってもいいけど、移住先にも用意できるわよ」
全員、それぞれバッグひとつに収めた荷物。
全財産と考えたら少ないけれど──
貧しい平民ならこんなものだろう。
(どのみち、冬支度で蓄えを用意出来なかったこの人たちは……ここで生きたまま冬を越すのは無理だもの)
薪小屋は空っぽ。
農作物不作。
不足補える現金もない。
真冬前なのに、痩せ細って骨と皮状態。
(これじゃ死ぬしかないじゃないの……大きな都市も村もそんなに遠くないのに)
旧・ローラン──アルシア北部は南部とは全然違う。
南だって、貧困層はいるけれど──北はどんどん見捨てられていくのね。
(貴族……領主の考えが古いのか。選民意識強めなのかしら?)
村民達に用意した、農村地帯の団地は病院も近いしお店もある。
ここよりはずっと暮らしやすいはず。
「未練なんてないだぁよ」
「冬を越せないのは、わかりきってたから」
「んだぁな」
平均年齢九十四歳の村民達が、ボソボソと呟く。
「長年暮らした場所を離れるのは寂しいだろうけど、ポイニークーンもいいところよ?みなさんが行く場所は暖かい地方だし」
村民たち……今後農村から出ることがないので、魔界周辺の海上から噴き上がる禍々しい紫の霧を見ることはないだろう。
──見たところで、無害とわかれば気にもしないと思うわ。
(あれは海底各所から噴き出す温泉と、特殊なプランクトンの排出ガスが奇跡的に化学反応を起こして発生させているだけの霧だもの)
「ポイニークーンは暖かい土地が多いのよ」
私は再度、魔界アピールをした。
その後はサクサク進むんだ。
農村地帯の団地は古いけれど、綺麗だったから村民達は大喜びだ。
前もって書簡をやり取りしていたベイリウスとの打ち合わせにより──ベイリウスが彼らの『雇用主』になる。
妙な実験植物を育てさせられることになるけれど、本人たちは現金収入になると聞いて、納得している。
寝具やテーブル、カーテンなどの最低必需品は、私の時空庫の在庫で間に合った。
揃いのものではないけれど、間に合わせには充分だと思うし。
足りないものはベイリウスが揃えてくれる約束だ。
それぞれに、一年は食料品を買うのに困らないだけの現金(金貨六枚程度)を支度金として手渡し、移住は完璧に終わらせた。
時々様子は見るつもりだけど、彼らには彼らの暮らしがあるから深入りはしないつもり。
(貧しくても、プライドのある人達だから……『施し』は要らなさそう)
さて、派手に村を焼き払おうかな。
ミシュティに団地の細々とした手続きを任せ、私は名もなき村に転移した。
「本当に、見捨てられた村ねぇ……」
畑の土もスッカスカで痩せ細っている。
枯れた何かの蔓がそのままになっている。
(──下級精霊がほとんどいないのも、原因なのかしら)
普通なら、世界中どこの土地にもふわふわと漂う下級の元素精霊がいるはずなんだけど。
あまりにも少ない気がする。
(この村だけなのか、北側全体に精霊が少ないのか)
私は忘れないように、しっかりメモを取った。
「うーん、見捨てられた村ってここだけじゃないんだろうけど」
私は村をすっぽり覆うように、歩きながら巨大魔方陣を描いていった。
(──手の届く所だけは介入してもいいけど、全部は助けられないんだから、これでいい)
カサカサと音を立てる枯れ葉を踏みながら、精密に構築していく。
外周三日~中心部七日、青黒く大きな高い火柱が炎上し続けるよう調整する。
中心地には土魔法で祠っぽい建造物を作って、邪神像みたいな──フレスベルグっぽい石像を設置。
祠の周囲にちょっと気持ち悪くなるように、呪詛をかけておく。
フィアン教の神官なら、一発解除出来るレベルで。
「いいんじゃないかしら」
私は魔方陣を立ち上げ、その精緻で正確な紋様を確認して満足して微笑んだ。
一気に魔力を流して、起動させる。
魔方陣から轟音と火柱が、高く高く天まで噴き上がる。
名もなき村、ここで消失。




