サムライ……?
ミシュティはコクリと頷いた。
「全員ご年配の方々で、他頼るところもなく先行きに不安を感じているようですわ。まだ接触はしていませんけれど」
「会議のあと、いってみましょうか」
「正面からですか?」
私は頷いた。
「下調べがすんでいるなら、そのまま訪ねた方が効率的。これから、雪が降り始める季節だわ。貧困層には本当に過酷な時期」
ミシュティはちょっと曲がったエプロンを直しながら、同意した。
「そうですわね。お誘いするには一番いいタイミングかもしれませんわ」
窓から外を見ると、すっかりラベンダー色の空だ。
厳寒期はもっと濃い紫になる。
最近は昼間でも上着が必要なくらい、あっという間に冷え込む季節になった。
ミシュティが作る料理もシチューやミルク系のスープになってきたし、いよいよ冬到来って感じがする。
(去年までは適当に──タマゴサンドばっかりだったけど、季節に合わせた料理を食べられるって良いものねぇ……)
「そう言えば」
ミシュティが呟いた。
「龍の卵ですけれど。火龍の埋まってましたわ」
「ええ!?」
その夜、私はポチ温泉のそばで龍笛を吹き、意気揚々と現れたポチを少し叱った。
ポチは島に地震を起こすくらい震えあがり、お腹を見せた。
「いい?おともだちは良いけど──卵が孵ったら、ちゃんと親が面倒を見ること。うちには馬がいるんだから、幼龍にうろうろされるとこまるのよ?」
ポチはお腹を見せて死んだ振りをしているが、こっちの言ってる事はハッキリ理解しているのだ。
「ダメとは言わないけど、あなたが責任者よ。幼龍やおともだちが、温泉付近以外をウロウロし始めたら──」
ピィ、とポチが鳴いた。
「全員殺すわよ」
……ピィ。
ポチは神妙に同意した。
ちなみに、足元をチェックすると龍の卵は十二個埋まってた。
「…………」
(臨時で龍育師を雇うか)
屋敷に入って、ミシュティにそう言うと、彼女は少し考え込んだ。
「────弟がケット・シーながら、龍が好きで、双子なんですけど。一人は龍騎士で、一人は今、無職です」
「うん」
「無職の方は、オーナーが老年で龍舎を畳んだので無職ですの」
「厩務員さん?」
「いえ、龍レースのジョッキーです。でも実務経験無しですが、龍育師資格だけはあります」
──なるほど。
「無職、というかフリーランス?なので、レースの騎乗依頼が無い日は暇人なのです」
「つまり、弟さんを臨時で──」
「…………」
ミシュティが急に黙りこくった。
顎に手を当て、考え込んでいる。
「ただ──そっちの弟は暴虐の女王の大大大ファンでして……なんかジューン様を紹介するのはちょっと……私が嫌っていうか……」
(なに?その葛藤は……)
乙女心ってやつ?
「……ジューン様さえよろしければ、声かけておきますけれど」
「そうねえ、ここプライベート島だし……正直、ミシュティの身内の方が助かるかも」
急がないけど、とりあえず一時的に応援を頼めそうで良かった。
ポチがあんなにおともだちが多いなんて……
(8600歳まで夜鳴きしてたというのに……)
とにかく、能力的にマルチタスクはこなせるけれど……あれこれ詰め込みたくないのが本音。
魔王イベント、それに伴うノルマ。
ちょっとスローライフじゃないのよね。
(忙しいのはちょっと……)
私はため息をついて、頬杖をついた。
テレビをつけると、魔王襲来やらリヴァイアサン大暴れやら、ダイジェストが放送されている。
しばらくボケーッと眺めていると、ハナvsパンジー映像が流れている。
これは見たかったやつだ。
私はテレビの前のソファーに座って集中して画面に見入った。
《ケルベロスのパンジーちゃんと、聖女ハナが接触しましたね》
《聖女ハナです!》
レスターが巻き起こした赤い砂煙の向こうから、小さな影がすっと姿を現す。
小さな身体に似合わぬ鋭い眼光。
《耳が遠いはずなんですけどね、さすがにこの騒ぎだと起きちゃいますよねぇ》
《んー、パンジーちゃんはミニケルベロスですけど65kgはありますからね……対する異界のシーバ・イヌのハナは6kgあるかないか》
《体格差がちょっと無理なんじゃ?パンジーちゃんに撤退命令が出たようです──》
「ワフッ」
ハナが静かに床を蹴って、一瞬でパンジーまで到達。
《えっ、縮地……!?》
パンジーちゃんは三つの頭を揺らして唸る。
喉奥から火炎が漏れ出て、姿だけは凶悪なケルベロスだ。
《パンジーちゃんのブレスがきます!》
《大丈夫ですかね?ハナが怪我してしまいませんか》
《パンジーちゃんはお腹いっぱいらしいから、多分大丈夫》
だが、ハナは怯まなかった。
豆粒のような体躯で、まるで滑るように火炎の下を駆け抜け──
パンジーちゃんが吹っ飛んでいった。
《いまの見えました!?》
《一閃です!え?え?豆柴サイズで届く!?》
パンジーは立ち上がろうとしたが、足がつかず、呻くように倒れ込んだ。
《──ここでパンジーちゃん、ダウンです!》
《応援していたファンには残念ですが……これは完全にハナの勝利!》
《あの体格差で勝ってしまうとは……てか聖女……ですよね?》
ハナは静かに尻尾を揺らした、あくびをして部屋に戻っていった。
可愛いのに、妙に凛々しい姿。
《あー、聖女ハナはオスだし犬だけど、特殊スキルがサムライという戦闘系らしくて》
《回復は!?》
《使わないそうです》
《あー、だから偽聖女が必要なんですね》
《サムライかぁ。多分レスター様の技ってサムライですよね?》
《あっ、そう言えばそうだったかも?これはインタビューが必要ですね》
《速報です、パンジーちゃんに外傷なし。飛ばされてびっくりしただけのようです。今は魔羊のミルクを飲んで落ち着いているとのこと》
(パンジーちゃんにお見舞いを贈らなきゃ……!)




