五日魔熱
──目が覚めると、私は何故かベッドで寝ていた。
「…………?」
勇者の感動シーンを見たあと、記憶がないから寝ちゃってた?
身体中が痛いのはソファーで寝落ちしたからだろうか。
カチャ。
小さな音と共に、ミシュティが入ってきた。
ミシュティ、と言ったつもりが声がでない。
「ジューン様……お加減が悪かったなんて、気づかず本当に申し訳ありません」
蒼い瞳に涙を浮かべているミシュティ。
あれ、私……病気なの?
「五日魔熱ですわ、ジューン様!」
(五日魔熱……!子供の病気じゃないの)
──文字通り、五日ほど高熱のでる感染病だ。
一回かかれば抗体が出来るから、二回目はない。
子供がかかる感染症だけど──まれに子供時代にかからず、大人になって発症する人もいる。
その場合、症状は非常に辛い……
(北の工房から貰ったのかしら。潜伏期間が十日~十五日だから、時期は合ってる……)
エイプリルとして仕事にいった時、五日魔熱でダウンした付与術師のピンチヒッターだったからね……。
私はぼんやりする頭で考えた。
(よく考えたら、成人した状態でこの世界に発生してるから……かかってなかった……丈夫だから気にもしてなかったけど)
勇者の感動シーンで感じたドキドキや顔の熱さは、そのせいだったのねぇ……。
この歳であちこちに氷嚢を当てられ、看病されるとはびっくりね。
「五日魔熱は薬もありませんし、治癒魔法かけるほどでもないので安静に……ですわ」
ミシュティの言う通り、治療薬はない。
治癒魔法はかけられた側の生命力(寿命)という『代償』が発生するから、滅多なことでは使わない──というのが常識である。
(私、寿命無いからその縛りは無いんだけど──)
でも、こういうしんどさは滅多に経験できないことなので治癒魔法はやめておこう。
(いくら気を許しているミシュティにも、言わない方がいいこともある)
わざわざ自分が理から逸脱した存在だって言って回る必要無いし。
それでなくても変人扱いされてるんだもの。
──『もう!お母さんは仕事、仕事っていつもそうじゃないの!』
次女が怒っている。
『ごめんね、この学会だけは外せなくて──』
『もういい!知らない!』
次女は高校の制服だ──次女の反抗期は中々だったなぁ。
この頃は仕事が忙しくて、次女と次男には気の毒なことをした──
「…………………………」
前世の夢なんて久しぶりに見たわ。
子供たちは大人だった記憶があるし、ただの夢だ。
勇者を見て、同じ年頃の我が子を思い出したから見た夢なんだろうか。
高熱って変な夢見るって言うしねぇ……
いくら思い残しや後悔があっても、今となってはどうしようもないわね。
どれだけ万能でも時間だけは戻せないんだから。
(あの時、何の論文書いてたんだっけなぁ……)
私は色々な夢を見ながら、五日魔熱とお付き合いした。
前世だったり過去だったり、突拍子もない変な夢だったり。
普段あまり夢は見ない方なので、興味深くメモを取った。
数日後、すっかり元気になった私はミシュティ謹製タマゴサンドを堪能していた。
「最近、更に美味しくなって」
ミシュティは嬉しそうにはにかみ、元気よく教えてくれた。
「わかりますか?最近、コカトリスのタマゴを使ってて──」
「!?」
「ちゃんと餌を調整して飼育したコカトリスのタマゴは石になったりしませんし、毒性もないんですよ」
「ああ、そう……」
(あの怪しい柵の中にいるのはやっぱりコカトリスだったか……)
「時々おやつにバジリスクをあげると喜んで可愛いですよ」
「ああ、そう……この辺にバジリスクなんていたかしら」
「魔界で捕まえてます」
「ああ、そう……美味しいわ、このタマゴサンド」
私は三つ目のタマゴサンドにかぶりついた。
ミシュティは少し黙っていたが、進捗報告をすることにしたようだ。
花柄の可愛らしいメモ帳を見ながら、話し始めた。
「明日、第三回進捗会議が行われるそうです。組合のノルマ二つ目の件は──ちょうどいい集落がありました。獣人七名の集落で、農業メインなのですが」
「うん」
「北の方は全体的に税が重いみたいで」
「なるほどね。税は領主によるところも大きいけど、北は厳しいのね」
ミシュティはメモを閉じ、頷いた。
「寒い地方だと、どうしても農作物が育たないですから。漁港のある村や迷宮のある都市は潤ってるみたいですけれど」
「ああー、王家の血で開くって迷宮の」
「いえ、氷花の冥穴ジーヴル・ニィルは滅多に動かないですから。もうひとつ雪の迷宮というダンジョンがありまして」
ミシュティは随分頑張って調査したようだ。
有能なメイドは本当に得難い宝ね。
「で、その集落って全員移動出来そうなの?」




