王都襲撃観戦
ポチの温泉がやっと完成した──そう連絡が入ったのは、アマンダを訪ねてから数日後だった。
当の龍はおらず、プールみたいな大きな穴にお湯が溜まって、暗渠にしたらしい排水溝から海に流れていくだけだったけど。
ちなみに、海に混ざった温泉はいい感じの温度で海水がエメラルドグリーンに染まっている。
徐々に薄れていくグラデーションは、見ているだけで楽しい。
「そのうち来たら勝手に入るでしょ」
私は龍に丁度いい熱湯レベルの温泉──熱すぎて触れない温泉を見て、笑った。
「この地熱で、暖かい土地で育つものが育てられそうですわ」
私が不在の間、温泉付近で畑を作り上げたとミシュティから報告はあったけど……こんなに大きい畑だとは。
なんだかよくわからない、さまざまな植物が芽を出している。
足元の小さな木札を見ると【改良型マンドラゴラα】とある。
(ノータッチでいこう……)
可愛い我がメイドの趣味にとやかく言うつもりはない……うん。
ミシュティの家の裏の茂みがいつの間にか魔鉄の鉄条網で包囲されてて、たまにコカトリスの鳴き声がするけど──
(私はいい主。メイドのプライベートに口出しなんてしない)
「!?」
私はなにかに蹴躓いて、無様に転倒した。
私が転ぶなんて、滅多に無いことだ。
驚いて、目の前にある出っ張りを、ガン見してしまった。
温泉から数メートル、なにかが埋まっている。
「…………これは」
(なぜ龍の卵が!?地熱で孵化予定ってこと……?)
それは地中に埋められた、龍の卵だった。
五センチほど地表に出てる。
一体、留守にしてる間なにが……?
「雷龍の卵じゃないの」
厚み数センチの卵だから、岩みたいなのよ。
転んじゃうのはしかたないわね。
普通の龍のだから、数ヵ月で孵るだろうけど……ミシュティに確認しなくては!
(埋めたの誰?ミシュティなら報告があるはず──いや、ミシュティには一昨日の朝から会ってない……ポチか?それとも野良龍?)
まあ、いいや。
私は自分の温泉に入って、お昼寝をした。
起きたらミシュティが桃ゼリーをくれた。
「さっぱりしてて美味しいわね」
ミシュティから、ここ数日の報告を受ける。
「────で、ポチさんの口利きでおともだちが温泉に」
「え、ドラゴンの秘湯的な……?」
「ポチさん……おともだち、多いみたいですね。確かに雷龍のペア、見ましたわ」
「…………やっぱり。上手に埋めてあったわぁ……龍って意外と器用よね」
「雷龍卵の殻、畑に使いたいです」
その時、ミシュティのエプロンからコケットの鳴き声がした。
ポケットから冷静に懐中時計をだし、鳴き声を止めるとミシュティは大事な報告を忘れていたような顔をして、告げた。
「そうでした!今日二十刻から、カルミラ様による王都襲来イベントの生中継ですわ!五千年ぶりに魔界からでるって──」
「自分の意思では、よ。数百年前に二回くらいネモに騙されて外出してたもの」
「まあ!」
王都で見るか、テレビで見るか──
「絶対テレビがいい、よく見えるように撮ってると思うし」
「ですわね!大事なところは見逃したくないですし」
「今日はもう帰っていいわよ、生中継見たいでしょ」
私はのんびりと爪を眺めた。
そろそろお手入れせねば。
「では、ジューン様がテレビ見ながら摘まめる軽食の準備をしたら……」
ミシュティの尻尾が嬉しそうに揺れた。
《──王都襲撃まで、あと三十分、いやー緊張しますね》
《魔界の、最後の女王ですからね》
《いきなり王政やめて、勝手にやれって言われたときはどうなるかと思いましたけど──》
《あー、もう六千年くらい経ってますかね?意外と楽しく生きてられてるんで》
《結果オーライですねっ!でも……なんかあるとカルミラ女王出てくると安心する》
《退位しても女王は永遠ですから。あ、でも今回は指揮だけで──勇者とは接敵しないって聞きました》
《裏方ですからね──それにカルミラ女王はあんまり手加減得意じゃないって──》
私はタマゴサンドを頬張り、白ワインをがぶ飲みしつつ、テレビ鑑賞である。
(最近のミシュティ作タマゴサンド……一段と美味しいのよね)
大皿に山盛りのタマゴサンドを見て、私は安心した。
うん、確かにカルミラは手加減が上手じゃない。
なので、昔……野良ケルベロスを捕まえに行った時は大変だったのだ。
カルミラに任せたら殺しちゃうんだから。
ケルベロスを欲しかったのはカルミラなのに、結局捕まえたのは私だったし。
カルミラの右手がもげてどっかいったり、なんだか大変だった覚えはあるわね。
(あの右腕、どうしたんだっけ……見つかったんだったか、生やしたのか思い出せないわ……)
テレビ画面が暗転した。
どうやら、襲撃が始まったようだ。
今回の主役は変装したレスターのようだ。
真っ赤な髪は漆黒に染めてある。
鬼族であるレスターは、そりゃもう戦闘も見事なものだけど。
(本業は魔道具作成──魔術師なのよね。鬼が魔術師って相当異端だけども)
──まあ、異端ばっかりの魔王組合だからこそ楽しいのかもだけど。




