裏社会の困惑④
──今日は『エイプリル』として拠点から出発。
噴水広場を抜け、北方面の貴族区へ。
貴族区ではないが、そこに面した高立地に目的のお店『ル・アンジェ』がある。
ピンク髪が来そうな時間を見計らって、入店。
見た感じ──贈答用の焼き菓子専門店だけど、自宅用のバラ売りもあるようだ。
(辺境のメアリとの契約はおわったから、挨拶の贈答用でも買うか……娘のマイリーも就職祝がいる。あとはセバ爺のお土産に、カイの結婚祝いに添えるお菓子……)
試食をしつつ……若く可愛らしい店員にそれぞれの好みや目的などを、のんびり相談していると入り口が騒がしくなった。
接客してくれている店員の顔がひきつる。
ピンク髪は制服ではなかった。
一応、制服はまずいと考える頭があったのか……ちょっとびっくり。
「だーかーらー、誤魔化さなくてもいいんだって!私は知ってるの。さっさと『桃色クッキー』と『ウキウキマカロン』を出して!」
「お客様、当店にはそのような名称の菓子の用意はございません」
「名前はなんでもいいのよ!ほら、食べたら相手を好きになるクッキーとかよ?」
店長らしい上品な男性が対応している。
「なに、あれ」
一応店員に聞いてみる。
彼女は顔をひきつらせたまま、答えた。
「驚かせてしまい、申し訳ありません:……私共にも、何故あの方があのようなことをなさるのか……わかりかねる状況でして」
(そうでしょうねぇ、お気の毒に)
「ですから、当店は美味しさを追求はしておりますが、特殊効果などはございません。飲食物にそのような効果を持たせて販売など……違法なのでございますよ……」
ピンク髪は地団駄を踏んだ。
ドンドンという足音は響き渡り、数人の客が出ていく。
とんだ営業妨害だ。
「そういうのはいいから!『梟は二度鳴く』!これでいいでしょ!!」
「なんのことかさっぱり⎯⎯」
▶セシリア・フォクシー男爵令嬢(15)
王立学園魔法科一年生。
光属性(治癒特化)
TS転生者(日本)
「木漏れ陽の追憶~貴方を想う、その先で~」ヒロインとしてプレイ中
※王太子ルート進行中
現実との乖離進行中
一瞬鑑定が弾かれて焦ったが、力押しで深鑑定を通した。
今みたいに魔力をこめた鑑定を受けると、ゾワッとする感覚があるんだけど⎯⎯
ピンク髪は気がついた様子がない。
魔力がないのか、身体自体がこの世界の理の外にいるのか…………ちょっと判断がつかない。
(やっぱり乙女ゲーム転生か。タイトルそれっぽいし。しかもTS転生とか、カオスだわ)
「何を言ってるのかしら……?桃色のクッキーなんてあるの?」
白々しく店員に聞いてみる。
彼女は心底困惑した様子で答える。
「そういう花の時期には色を混ぜ込んだお菓子になることもございますが、いまは冬ですので……」
「そうよねえ、困ったものね?あんな大声で……あ、この小さなセット良いわね、これも追加で。あと、あの大きいのも」
綺麗にラッピングして貰い、セシリア嬢の横をすり抜けて外に出る。
ピンク髪⎯⎯目もピンクだと思ってたけど、ひまわりを思わせる綺麗な金色だった。
髪は濃いめのピンクで、顔も可愛いし小柄で華奢なのも王道ヒロインっぽい。
(言動がヤバイけど)
まあいいわ、夜になったら報告に行こう。
私は夜まで、ひよこ島に戻ってミシュティとここ掘れ組に焼き菓子を差し入れた。
ちょっとお昼寝して、タマゴサンドを食べたらお仕事の報告だ。
私はちゃんと顔を拭いて、アマンダの部屋に転移した。
「どうだった?」
今日のアマンダは深紅のドレスだ。
バッサバサの付け睫毛に縁取られた鮮やかな紫の瞳が、射るように私を見た。
「件の客はセシリア・フォクシー。男爵令嬢で間違いないわ。鑑定だと、転生者。で、間違いなく物語をプレイ中ってなってたわ」
「予想通りってワケね?」
「そうね。現実と乖離ってなってたから、やっぱり無視で警らに連絡がいいんじゃない?」
アマンダは、力強く頷いた。
「明日も来たら、つき出すよう指示しておくわ」
「梟、梟って叫んでたわよ」
アマンダは実に嫌な顔をした。
「それね、もう変えたけど──上の店で言うと、この部屋に案内される符丁だったの」
「上っ?娼館じゃないの」
「だからよ。貴族のお嬢さんが知ってるはずがないし、用もないのよ。だってここに来る客って……」
アマンダはにっこりした。
「娼婦の身受けか……非合法で好きに出来る女の子買いに来るか、がメインなんだもの」
「なるほど」
「令嬢を放置するか、消すかはフォクシー男爵をよーく調べてからにするわ」
「お馬鹿さんでも貴族は貴族ってことね」
アマンダは煙管から灰を落とし、表情の抜け落ちた顔で呟いた。
「そういうことよ」




