密談
「お待たせ」
「お、着替えてきたのか。わかってるねぇ」
フランツは既に上機嫌だ。
軽いおつまみが並ぶテーブルに、ワインという組み合わせだ。
クローブ亭はちょっと高級路線なだけあって、食堂ではなく個室での食事スタイルだ。
密談にはもってこいよね。
「まあ、仕事の話は後で。まずは飲もうぜ」
「ずいぶんご機嫌ね?」
フランツは満面の笑顔になった。
「そりゃそうだろ。美人とメシを食う──最高じゃん?」
そうだった、フランツはこういう男なのだ。
顔も良いし、一見人好きのする優男。
純真な村娘ならコロリといっちゃう感じ。
(まさに仕事の出来る女衒ってこういう人なのよねぇ……)
靴底に感じる絨毯の毛足は長く、上等なものだ。
食器も高級だし──鉱山の町にあるとは思えない。
物言いたげな私の目線に気が付いたフランツは、いたずらがバレた子供のように笑った。
「ご明察の通り。ここはアンバードの宿屋でね。いい宿屋としての顔と『密談』用の顔があるんだよ」
(アンバード一家ねぇ。スラムと王国の裏社会を牛耳ってるとは言うけど、構成員が何人いるのか未だに把握できてないのよね)
「お姐様は、お元気?」
「元気元気。話ってのは姉御の『依頼』なんだよねー」
「……いいワインね。美味しいわ」
「だろ?ここの食事と酒は王都並みなんだ」
フランツはグラスを顔の前に掲げ、ウインクした。
「姉御の部屋に転移出来るだろ?ちょっと話だけでもきいてやってくれないかな。荒事じゃないんだけど、ちょっと持て余す事案があるらしくて」
「ふうん?聞いてから、受けるかどうか決めていいなら」
「それでいい。付与がどうとかって話だから」
フランツの用事は、ボスのアマンダに会いに行ってくれという話だった。
あの迫力のある、百戦錬磨っぽいオネエが持て余すって……ちょっと面白そうではある。
「じゃあ、明日の夜に飛んでいくって言っておいて」
「良かった!断られたらどうしよって思ってたよ」
「ふふ、受けるかどうかはわからないけど」
フランツは肩を竦めた。
「いいよ、俺はエイプリルに連絡するまでが仕事だからさ。こないだ上空を飛んでた龍は見たかい?あれ、古龍らしいよ?」
(ポチっていうのよ。多分オスよ)
タマゴ産んだことないし。
多分、オス。
その後のフランツとの会話は楽しく、私は満足して一日を終えた。
翌朝。
宿の朝食にしては珍しく、クローブ亭のメニューは『和食』テイストだった。
焼き魚、ミソスープ。
炊きたてのご飯、ワ・ピクルスだ。
(米……どこで作ってるのかしら?輸入かもだけど)
モグモグと米を噛み締めながら、産地について想いを馳せる。
米は美味しくて、おかわりを貰ってしまった。
寝る前にタマゴサンドを三つも食べたのに!
体重の増減はほぼ無いけど、ちょっと気にした方がいいのか。
私はお腹を摘まみながら考え込んだ。
宿を引き払い工房前に転移すると、親方が早速やって来た。
「付与が欲しいのは盾なんだよ」
溜め息をつきながら、親方は事情を説明しだした。
受注が来て特殊な配合で盾を作ったのは良いけれど、支払い前に夜逃げされたんだとか。
「ミスリル銀を混ぜてるから、原価が高くて投げ売りも出来ないし」
「ミスリル配合なら、魔法防御メインの想定ですよね」
「それなんだよ……汎用性がないから」
「ミスリルなら付与は三つくらいいけるかもですよ。逆に付与モリモリにして高級品にした方がいいかも?今なら売れそうですもの」
「うんうん俺もそう思って。数は十あるんだが──」
(盾が十枚だけで、白金貨追加か。相当気合い入ってるわね。見合う仕事はさせていただくけども)
目の前にある盾をチェックしたところ、七枚が付与三つ。
二枚は付与四つ、一枚が付与五ついけるのがわかった。
「付与五ついけるのが一枚ありますけど──どうします?」
親方は考え込んだ。
それは当然で、付与が増えれば増えるだけ金額が跳ね上がるからだ。
もちろん、三つ以上の多重付与が出来る術師も少ない。
多重付与が五つなら、白金貨二枚の仕事になる。
売値はもっともっと高いけれど。
「ふむ……ロストしたら白一枚。ロストしなかった場合、白二枚追加でどうだろうか」
(親方にしてみたら、まさにギャンブルよねぇ。私は失敗なんてしないけどね)
五重付与にチャレンジする術師って、多分本当に居ないと思う。
付与数は『素材』『出来』に依存していて、量産品でも違いが出てくる。
そして、付与を重ねれば重ねるほど壊れるリスクが跳ね上がるのだ。
盾なら、失敗すれば割れてしまう。
「じゃあ、その条件で」
私と親方は、再度魔法契約を交わした。




