魔方陣フェチ
倉庫に足を踏み入れた瞬間、むっとする鉄の匂いに包まれた。
壁一面に設けられた棚は剣・槍・盾で埋め尽くされ、通路にまではみ出すほど。
まるで鉄の森に迷い込んだようだ。
「……これはまた」
思わず感嘆の声が漏れる。
積み上げられた武具はどれも新品で、まだ魔力を帯びていないため、ただの重たい鉄塊にしか見えない。
光を反射する鈍い灰色が、どこか不吉な圧迫感を漂わせていた。
案内してくれた見習いの少年が、汗を拭いながら笑った。
「すごいでしょ?一昨日から作りっぱなしで……付与がないとただの鉄の山なんだ」
(なるほど……炉を止められないって言ってたのは本当ね。作れば作るほど溜まっていくわけだ)
思ってたより量が多い。
触媒を使ってちまちま付与してたら、時間がいくらあっても足りないわね。
「魔方陣を描いてもいいスペースはあるかしら」
「え!魔方陣?倉庫の床に描いちゃっていいっすよ!」
「付与は何が指定されてる?」
少年は壁に貼られた紙を見て答えた。
「剣を四百、切れ味増加、あと六百は頑健で──」
「OK、切れ味から行きましょう」
私は魔方陣形成用の杖を取り出し、精緻な紋様を床に描いていった。
(魔方陣を考えて組んだり、描くのは一番得意だし好きなのよね~ああ、楽しい!)
完成した魔方陣から淡い光が広がり、倉庫の鉄の匂いがふっと澄んだ気配に変わった。
試運転のため棚から引き抜いた剣を十本まとめて置いて魔力を流すと、魔法陣が一度だけ脈動し、剣身に青白い光が走る。
「うわっ……!同時に!?」
「しかも均一だ……!」
どよめきが倉庫の外まで広がった。
普通の付与師なら一つずつ刻印する作業を、私はまとめて処理する。
効率だけでなく、仕上がりも寸分の狂いなく揃っている。
だって魔方陣フェチだから!
剣が光を帯び、やがて静かに落ち着くと、鉄の灰色は淡い輝きに変わっていた。
まるで倉庫に一斉に命が吹き込まれたかのようだった。
(ああ、この瞬間が好き……!線がぴたりと噛み合って、魔力が陣を走る。設計通りに動くたび、胸が高鳴るのよね)
私は振り返ってにっこり笑った。
「まとめてやるから、魔方陣のこの内側の円に乗せれるだけ乗せて。はみ出さないようにね」
「了解ッ!」
見習いの少年が走り出し、周囲の職人たちが口々に歓声を上げる。
「これなら一晩で全部いけるかもしれねぇ!」
「付与師ってこんなに速かったか……?」
「いや、普通は違うぞ……」
一応謙遜しておこうかな。
「ふふ、お褒めにあずかり光栄です。でも──私は魔方陣型の付与が得意なだけですよ」
私の足元では、魔法陣が次の対象を待って淡く脈打っていた。
付与を替える場合はちょっと描き換えればいいだけだし、魔方陣でやるのは大量付与にもってこいなのよね。
複雑な付与は、無理だけど。
見習いの少年は要領がよく、円に入るなら良いんだろうと理解してたようだ。
後半は武具を傷付かないよう上手に組んで、高く積み上げ出した。
おかげで、夜になった頃には全部の仕事が片付いた。
付与が終わるなり梱包されて出荷準備に入る風景はテキパキしていて、見ていて気分がいいものだった。
「いやぁ、助かったよ!」
責任者──親方は大喜びだった。
「あれ、貴族からの発注で納期が明日までで」
「あら。間に合って良かったです」
この親方、人間だけどドワーフが親にいそうな外見だ。
赤毛に橙色の瞳、骨太で小柄。
(きっとドワーフのハーフね)
「なあ、付与術師さん。追加料金でもう一枚出すから、明日もうひとつある倉庫を頼めないかな」
「どうせ今日は泊まる予定ですし、構いませんよ」
「ありがてえ!なに、今日みたいな数はないんだが……不良在庫でな。多重付与で売り出したいと思ってて」
「多重付与ねぇ」
「切れ味と火、とかさ」
「簡単な付与二つなら魔方陣でいけるけど、それ以上は個別ね」
「ほう。何重までいける?」
「鉄製よね?鉄なら素材的に三か四までね」
親方は手を叩いて小躍りした。
周囲も大喜びだ。
「今日の夜、計画立てておくから」
「OK、じゃあ明日また来るわね!」
親方と私は追加項目について、魔法契約を交わした。
クローブ亭まで転移すると、受付の女の子を驚かせてしまった。
「あら、ごめんね?」
「え、あ、大丈夫です──えっと、お連れ様がお待ちですけど──」
「二十分待っててって伝えてくださる?着替えてくるから」
(さて、エイプリルが好みそうな服は──)
部屋でサッと衛生魔法で身繕いをして、デザイン自体はクラシカルだけど、ふとした拍子に身体のラインが強調されそうな薄い生地のワンピースを選ぶ。
露出はほぼ無いクリーム色の上質なワンピースだ。
(こういうのって、隠されてる方がセクシーなのよ)




