ポチ登場
「まあ。フレスベルグ様に?」
「そう。フレスベルグは今四百歳程度で……あら?ミシュティと同じ歳くらいかしら」
「同世代ですわね、おそらく」
「元々、魔王組合は十名で発足してたんだけど──四名はもう亡くなってて」
「魔界新聞に載ってた程度なら、存じてますわ」
「そうなの?じゃあ知ってると思うけど、百年ほど前に推薦で、また十名にしようってことになってね」
私はココアのおかわりを飲むか、水にするか数分悩んでいた。
興味深そうに、そんな私の一挙一動を見守るミシュティ。
「新しい魔王候補の条件は、各自で見極めて連れてくることと──千歳以下の若年層。魔王組合も若い風を入れないと、化石になっちゃうしねぇ」
(一万歳以下がいない組織はちょっと、老害味が出ちゃいそうだったし)
私はミシュティに合図してココアのおかわりを作らせた。
彼女はこの2杯目からは同席せず、『メイド』に戻ると決めたようだ。
「で──ネモがフレスベルグを。ゼグがティティを推薦したのよ」
「なるほど」
二杯目のココアには、マシュマロが浮かんでいた。
嬉しい、マシュマロは結構好きなのだ。
「次回の会議は五日後なのよ。レスターの推薦で一人面談に来るんだけど──私も一人、推薦しようと思ってるの」
「まあ!」
ミシュティはワクワクした様子で、真夏の海のような瞳を煌めかせた。
「それって──」
「ミシュティよ」
「えっ」
「私は、ミシュティを推薦する」
「…………」
ミシュティは緊張のせいで毛が膨らみ、尻尾がせわしなく揺れている。
「まあ、メイド業の一貫だと思えばいいわ。もちろん資質は問題ないし──でも一番の理由はね、今回の魔王イベントはグダグダになりそうで、絶対また支援要請が出ると思うの」
「確かに……」
「それで──貴女がメンバーだと、私が動きやすいからっていう個人的な打算よ」
ミシュティは、納得したように頷いた。
「あの、私……ジューン様の侍女であることを辞めなくて良いのであれば、問題ないです……」
「解雇することはないわ。あなたは私のお気に入りメイドだもの」
「もちろんですわ!命の限りお仕え致します!」
(命はかけなくていいのよ……)
──深夜。
私はそっと中腹の集落に忍び込んだ。
手の平の上には五つのカプセル。
四十時間おきに溶ける計算で、作ったものだ。
今日はダイレクトに入れるから……十日以上は苦くなる算段。
生物にも植物にも影響がないから、安心安全だ。
念のため、山頂の集落にも同じようにカプセルを放り込んだ。
(何事も、前準備が大事。勝敗はそこで決まることが多いわけだし?)
山頂の集落ではやることがあるので、中腹から続く集落への道は『忌避』の結界でアクセス制限をかけてある。
完全封鎖ではないが、なんとなく進むのを辞めておこうかな?という思考誘導の結界だ。
私は大鍋を取り出し、並々と油を注ぎ──夜明けまでの数時間、ひたすら芋をまるごと揚げ続けた。
芋は三~四千個くらいはあったと思う。
途中、ミシュティを呼んで鍋を増やして二人がかりで揚げまくった。
「お芋、どうされるんですか」
「龍のおやつよ」
「!?」
黄金色の丸揚げの芋が地面に積み上がっている。
塩は多めだ。
「私が若い頃、龍の卵を入手する機会があってね」
「まあ」
「孵化まで千年くらいかかっちゃって大変だったのよ」
「龍系の孵化は……魔力を注ぎ始めたら離れられませんものね。千年は長い気が致しますけれど」
ミシュティが芋に手際よく塩をまぶしていく。
地面には保温の魔方陣。
私は龍笛を吹きならした。
音は出ないけど、該当龍には聞こえている。
────世界中、どこにいても、だ。
「もうちょっとしたら来るわよ。成龍になるまで、一万年可愛がって育てたから──」
「一万年」
「古代龍だったのよ……」
夜明けの白み始めた空の遠くに、龍影が現れた。
「思ったより小粒ですわね……」
「古龍のだからね」
──古の龍。
古って言うのは長生きなだけ、だからだけど。よくいる龍に比べると小さい。
古代種は、魔力が効率良く濃密に収束しているから、小柄なのだ。
私の育てた仔の姿は蛇のように長いタイプではなく、翼も足もあるタイプだ。
名はポチと言う。
大きさはそうねぇ……平均的なコンビニくらい?
体高は十メートルくらいかしらね。
「小さいと言っても、やっぱり大きいですわね」
「そうねえ、カテゴリー的には大きい龍になるものねぇ」
あっという間に山頂に到達したポチは、周囲の木をなぎ倒して着陸した。
集落は壊さないよう、芋の山は集落の端っこに積み上げてある。
「ポチちゃんは、ポテトフライがお好きなのですか?」
「そうなの。一番好きなおやつなのよ」
「いっぱい揚げたのに、もうないですわね……」
「おやつだから、ちょっとでいいのよ」
「お芋数千個が、ちょっぴりのおやつだなんてすごいですわね」
芋と同じような、金色の龍が可愛らしくこちらを見た。




