証明書の発行と山猫獣人のチェシャ
私はいつもにも増して静かに動いてカウンターまで行った。
「ギルドメンバーである証明書を出して貰いたいのだけど」
山猫のように耳にふわふわした飾り毛のある獣人さんだ。
女性の制服を着てるから、多分女性。
毎回思うけど、獣人に服要る?
絶対裸の方が可愛いと思うのだけど。
山猫嬢は落ち着いた様子で、カード読み取りの魔道具を示して
「こちらにギルドカードをかざしてください」と言ったけど、お嬢さん爪が出ちゃってるわ。
怖がらせてごめんよ。
カードは問題なく受け付けられ、魔道具はポワンっと間の抜けた音をたてた。
ビーッとなったら異常事態だから、ポワーンは正常。
「ん……18年前が最後の履歴になってますね」
10年以上間が空いてる場合、面談が必要になります…あの…規則なので…
山猫嬢はどんどん弱々しい声になっていく。
エルフ、絶対ギルドでも迷惑行為してる。
山猫嬢の様子から、私は確信した。
「もちろん規則は守る。急いでもいないから、面談の日時設定お願い出来る?」
山猫嬢は安心したように、上に確認して参ります!と奥に引っ込んでいった。
周囲の視線が自分に集まってるのでどうにも気まずい。
いじめてませんからね。
足音を立てず、すぐに戻ってきた山猫嬢は
「支部長が今から面談を行うそうなので、別室にご案内しますね」とカウンター内から出てきて先に立って歩き始めた。
靴じゃなくて靴っぽく見える足カバーだ。
底は肉球だから足音がしないのか。
お洒落さんな山猫獣人だなぁ。
そう言えば獣人って普段は靴履いてない人多いもんねぇ。
「こちらに掛けて少々お待ちくださいね」
応接間のソファーに腰掛けておとなしく待つこと10分。
40代か50代くらいの人間の男性と山猫嬢が入室してきた。
「お待たせしました」
男性はヨセフ・ラケル、山猫嬢はチェシャと名乗った。
「ジューンです」
一応私も名乗った。
グレイヘアが良く似合う細身のヨセフさんはここの支部長で、チェシャさんは受け付けスタッフとのこと。
「では。いくつか質問をさせていただきます」
18年の空白期間にはなにを?
ほうほう、旅行ですか。
この大陸にはどちらから…ああ、イヴォークからですか。
あっちは結構争乱が多かったでしょう。
そうです、ワタクシ5年ほどあちらに在籍しておりましてね…
ふむ、在籍証明は何に必要で?
ああ、入国の!
そうですなぁ、エルフだとねぇ…どうしてもそうなりますなぁ…
まあ、記録を見る限りジューンさんはトラブルも0ですしスコアも高い。
達成率も個人だと100%なのでね、優良冒険者として証明書は出せます、ハイ。
ええ、すぐ出せますよ。
チェシャに用意させますので。
それでですね、ジューンさんの能力なんですが…そうですねエルフなので衰えてるって事は無いですよねえ…
規則なんでね、ブランクある人はいくつか依頼を達成して貰いたいんですよ…
いえいえ、証明書は今日お渡し出来ますよ。
もちろんです、採取でも討伐でも個人の依頼でも構いません。
2、3件こなしていただければ。
ヨセフさんの話し方はゆっくりで柔らかく雑談してるかのように聞こえるが
内容に全然隙がない。
敵に回すと物凄く厄介そう。
チェシャが証明書を持って戻ってきた。
「この支部での担当はチェシャになりますからね、それだけご了承ください」
いえね、本来は担当制では無いんですけどね。
まあ、こちらにも事情があるって事で…
あ、はい…そうなんです。
教育が行き届きませんで…恥ずかしながら、窓口をチェシャだけにしておかないと色々とね…
ええ、言いにくいんですが。
エルフさんですからねぇ…ああ、チェシャは8年目のベテランですし
本人もやる気なのでね、ここは一つ担当つけさせていただくということで。
ありがとうございます、いやー普通に話せて助かりますよ…
ヨセフさんは証明書にサインをし、ギルド印を押してチェシャに手渡した。
チェシャが封筒に証明書を入れて、私に差し出してきた。
「ありがとう、よろしくねチェシャさん」
「こちらこそよろしくお願いいたします、私のことはチェシャとお呼びください」
ヨセフさんが仕事に戻り、応接間に残ったチェシャはバサバサと紙の束を取り出した。
「ジューンさん、色々珍しいものお持ちだと思うので…アイテム提出系のすぐ終わりそうな依頼見繕って来ました!
受け付け近くの端末で同じものが見れますけど、せっかくなので印刷してきたんです」
なるほど、支部長が推すように仕事の出来るスタッフのようだ。
聖核の納品(1kg)
龍素材(状態の良いもの)の納品。
ポーション類(品質の良いもの)の納品。
この辺の依頼が当たり障りなくていいかな。
この場で終わりそう。
「あら、ありそうでした?」
チェシャが嬉しそうに秤をポーチから出した。
「ここで受け付けますね。アタシ最初の5年は鑑定部門にいたんで、大抵のものなら大丈夫です!」
鼻をヒクつかせ、そう自信ありげに言うとチェシャはいそいそと聖核を鑑定し始めた。
「わぁ。高純度!重さは…1.3kg」
「鮮度固定瓶に入った石化回復ポーション…と…わぁ、万能タイプの毒消しポーション、こちらも鮮度固定瓶!各10本…」
「んんー…水龍のヒゲ…新鮮…鮮度固定瓶の水龍の血が2本…」
じっくり時間を掛けて鑑定し終わったらチェシャは完璧です、と呟いた。
評価は10段階評価だ。
「文句付けようがないです、全部10で評価させていただきますね」
あ、買取価格は専門の部署がありますので、お代はそちらで出すようになってます。
はい、会計部もしばらくは私も一緒に付き添いますよ!
チェシャに案内され、渡された評価証を会計の無表情な男性に提出した。
「龍の血以外の全部で白金貨8枚ですね。高純度、鮮度保持瓶の分上乗せしてます。
龍の血はちょっと生き血レベルなので、数日お時間いただきます。
現金で持っていかれますか?
ギルド口座に入れますか?」
「全部口座でいいです」
現金はそこそこ持ってるし。
「では算定結果はチェシャに伝えて、まとめて振り込みますね。口座はご自分で確認お願いいたします」
サクサク用事が済んで嬉しい。
次は入国管理所に行かなくちゃ。
私はチェシャにまた来ると伝え、ギルドを後にした。
なんだかんだで3時間以上かかった。
人間の生活ペースは早い。
あっという間に夕方。
管理所が閉まってしまう。