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前世の記憶は役立たず!~エルフに転生したけれど、異世界が世知辛すぎる~  作者: 藤 野乃
勇者と魔王

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平和な村


ゴフマ村は、良い村だった。

薬草栽培で王国の医療の一端を担っており、その立ち位置は決して軽くない。

最終日の作業は午前中に終わったのだが──朝の馬車を逃し、帰宅は明日の便だ。仕方なく村をぶらぶら歩きながら、村民から話を聞き出すことにした。


「ゴフマの井戸は、ただの井戸じゃないんだよ」


そう語るのは、腰を下ろしていた老人だった。


百年前、王国の学者が調査した際、地下深くに巨大な竜の骨が眠っているのが確認されたという。水源はさらに山奥にあり、そこから流れ出す清水が村を潤しているらしい。

古代龍の骨から微かに染み出す成分が水に混じり、さらに特殊な地層が作用して「ゴフマの井戸水」となる。


高地から吹き下ろす冷風と、森から湧き上がる湿潤な風が交差する谷間──昼夜の寒暖差も薬効を濃縮させる要因だ。

幾つもの偶然が噛み合った結果、この村だけが希少薬草を安定して、しかも効能豊かに育てられる。


「聖水って呼ぶやつもいるでよ」


「聖水?」思わず聞き返すと、農婦が赤ん坊をあやしながら笑った。


井戸水は飲むだけでも身体の巡りを良くする──少なくとも村人たちはそう信じている。

昔は“聖水”として高値で取引され、巡礼者や商人が殺到した時代もあったそうだ。

だが観光客の流入で畑が荒れ、水質も低下。おまけに偽造品が出回り、権益争いで混乱が絶えなかった。最終的に王国が介入し、数十年前に井戸水の取引は全面的に禁止となったのだ。


「当時はね、いい小遣い稼ぎにはなったらしいけど、今じゃ捕まっちまうよ」


農婦は日焼けした顔で、ケラケラと朗らかに笑った。


「いま、この水を使えるのは村民と薬草畑、そして薬師ギルドに納められる薬だけだよ」


「んだ、外部から人が来ることも滅多に無いし──井戸の木蓋も、ほれ、コレがないと外せないから──」


その場にいた数人が、ブレスレットを見せてくれる。

簡易的な魔法陣が刻まれている。


「鍵の魔道具ですか?管理には良さそうですけど、厳重ですね」


「そりゃあね。流出させたら罰金だからさ」


「そう言ってるけど兵士なんて来たこと無いがね!アハハ」


「成人したら、村長からブレスレットが貰えるけど、村から出る時は外していく決まりなんだよ」


(なるほどねぇ?ゴフマ村のこと、全然知らなかったけど──古代龍の水源だなんてロマンがあるわぁ……)


夕食、さっき村に着いたという小規模商隊のメンバーと一緒にとった。


「年に二回、契約分を買い付けに来ててね」


「練金薬も扱ってるけど──少々割高でも、薬草由来の方が人気あるからさ」


そう。

錬金術で似たような薬を生み出すことはできる。

だが、人工的に生成した安価な薬はどうしても身体への負荷が大きく出てしまうことがある。

副作用で発熱したり、体力を奪ったり──即効性はあるけれど、使えば使うほど無理が出る。


その点、薬草由来の薬は違う。

負担が少なく、効能が緩やかに持続する。


「病人や子供にも安心して使えるし、兵士たちも戦場で常用できるからね──練金薬ほど保存はきかないけどさ」


商隊の男は肩をすくめて笑った。


確かに、錬金術で作った薬は保存性に優れる。安価で流通も早いから、貧困層や有事の際のもの。


(治癒魔法が万能ではない、この世界ならではね)


負担が少なく、効能が穏やかに持続する薬草由来の薬──それこそが『普通の暮らし』を守っている。



(……ゴフマ村は、王国にとって重要。特別な水に、奇跡みたいな条件。……ふふ、良い村だこと。だからこそ、燃やす価値があると)


「お姉さんは──」


「私?井戸のメンテナンスに来てるの」


和やかな談笑タイムだ。

平和な村に、慣れた仕事──愛想のいい、若くて色気のある女。

少し酔った男性陣の口の軽いこと。


想定通りだよ?

エイプリルの外見は、このために作られたようなものだもの。


(もちろん、死傷者は出さない──乱暴なのは、わたしの好みじゃないもの)


「水源の山にも、幾つか集落があってね」


「まあ、そうなの?」


「薬素材もさ、実生の方が良いとか、人工栽培出来ないとかあるからな」


「ああ、キノコとか」


「そうそう、樹齢百年じゃないと成らない木の実とか」


「聖属性の魔物もいるんだよ、あの山」


「へえ、それは珍しいですね」


機嫌の良い商人に、優雅にワインを勧める。


「おお、ありがとう──ほら、大きいのは聖獣で保護されるけど小型なら狩猟許可出てるらしくて」


「山の集落で?」


「そうそう。数量制限とか、なんか決まりはあるっぽいけど」


「へえ、それは厳しいですね」


「聖属性はなぁ」


彼らはただ、酒を酌み交わしながら世間話を楽しんでいるだけ。

──けれど私にとっては、魔王組合のノルマ達成のための情報収集にすぎない。


(ふーん、いいこと聞けたわ。行ってみる価値はありそうね?どうするかはきちんと調べてからだけど)


フレスベルグに会ったら、嫌がらせひとつでもしてやりたいわ。

勇者召喚前に、きちんとやってれば今更こんなことしなくても良かったのに!


──私はスローライフがしたいのよ?







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