我が家のメイドさん
──私のメイドは優秀だとは思ってたけど、とんでもない逸材だったようだ。
(お給金アップしないとだわ!)
「ミシュティ……あなた伝説の卒業生じゃないの」
ミシュティは、恥ずかしそうに俯いた。
手が膝の上でモジモジしている。
「私──人見知りが凄くて、結局就職出来なかったんです……身体の大きい男性がどうしても苦手で」
「ああ、魔界は体格のいい人多いものね……」
「結局、祖父の牧場と……時々学校の臨時講師をして数十年経っちゃって。これじゃダメだと思ってルイーダさんの酒場の紹介派遣に登録したんです」
(こんなすごい掘り出し物だったとは……!)
「登録してからも二百年くらい、お声かからずでして……家族からよく宝の持ち腐れだって、からかわれてました」
「この経歴なら引く手あまただったでしょうに」
「いえ。私の希望条件が、独身女性のレディースメイドだったので……」
「また限定的な希望ねえ、それ」
「ですが、ジューン様に巡り会えたので、大満足です!」
私はパンフレットを返し、ミシュティの作業の続きを眺めつつ──居眠りしていたようだ。
柔らかな肉球にぷにぷにと腕を押され、目が醒めた。
ひよこ島に戻り、湯浴みをしてマッサージを受けて、軽めの夕食。
「約束、十年は仮契約だったけど──ミシュティさえ良ければ、もう本契約しましょうか」
マッサージの手が、ピタリと止まった。
「よよ、よ、よろしいんですか!?」
ミシュティの声が、ひっくり返った。
私の腰に添えられたままの肉球が、わきわきとしてくすぐったい。
「ええ、あなたは完璧メイドだもの。絶対手離したくないわ。永年雇用よ」
歓声と共に、ミシュティが飛び跳ねた。
──すぐに落ち着いて謝罪したけども。
そんなに喜んで貰えて、私も嬉しいわ。
でしゃばらず、かといって受け身でもなく。
仕事は丁寧だし、勝手なこともしない。
私にはちょうどいい距離感のメイドだ。
「お祝いに何か欲しいものはあるかしら?」
なかなか希望を言わないミシュティだったが、数回尋ねた結果……『魔力名付けをして欲しい!』らしい。
ミシュティはリスクも承知してるし、未成年でもないので。
その場で魔力名付けをしたのだけれど──
思ってたより、ごっそり魔力を持っていかれた。
「ちょ、ちょっと休憩するわ……ミシュティも、もう休んでいいわよ」
2時間ほど経って、リビングでうとうとしていたら。
ミシュティが、小躍りしながら私の元にやって来た。
そして、『ジャジャーン!』と擬音がついたような勢いで、頭を付き出してきた。
「ジューン様!見てください!私の忠誠心の証ですわっ!」
ミシュティの耳の先──パヤパヤとした長めの飾り毛。
ほんの3ミリ程度だが、ティファニーブルーに染まっている。
私の髪と同じように、チラチラと輝きながら。
「あらまぁ……」
(深い絆がある時、名付けられた側は稀に色をシンクロさせるとは言うけれど……まさか自分のメイドがそんな経験をするとは!)
ミシュティは見せたかっただけのようで、就寝の挨拶後に屋敷を辞していった。
寝室でしばらく読書して、ランプを消してカーテンをひこうと窓辺に寄ると、ペルルに乗ったミシュティが夜の乗馬を楽しんでいるのが見えた。
ペガサスは海の上の空を駆け、星空と月を背景に幻想的なシルエットを見せている。
彼女の乗馬技術は圧巻で、縦横無尽に空を駆け回って……まるで一筋の光線のよう。
(ずいぶん、はしゃいでるわね……こんなに走ってるのに無音なのが、ペガサスの怖いところよねぇ……ってユーニウスは寝てるのかしら)
月明かりを頼りに、周囲を見てみるとユーニウスはペパーミントを一心不乱に食べているようだ。
(食いしん坊だわ……!)
その後も私の可愛いメイドは……こっそり?と、はしゃぎ回っていた。
しばらく絵画のような美しい光景を楽しませてもらい、邪魔をしないよう私はカーテンをそっと閉めて就寝した。
翌日、珍しく早起きした私はユーニウスと朝の乗馬を楽しんだ。
ユーニウスはとにかく足が速いし、体力もある。
小さなひよこ島なら、あっという間だ。
2周目からは、ペルルも着いてきた。
若駒は元気いっぱいね、可愛いこと!
汗をかいたユーニウスとペルルのお手入れを終え、軽く湯浴みをして屋敷に戻ると朝食が出来立てで供された。
乗馬をしているのを見たのだろう、量はいつもよりちょっと多めだ。
ふんわりなめらかに焼き上げたオムレツ。
とろりとしたオニオンスープ。
見た目も華やかな新鮮な野菜サラダ。
チーズを練り込んだパン。
皮はパリッと焼き上げられ、ちぎるとチーズの芳醇な香りが立ち上がってくる。
「バジルかしら」
中身はふんわりしているパンは、ハーブの香りも漂わせている。
「はい、今日はバジルです」
──ほんの少し、いつもより濃いめの味付けが運動後の身体に嬉しい。
うん、やはり我がメイドは有能だわ。




