ミシュティ無双……?
結局私は、勇者と話す機会に恵まれなかった。
当のパートナーが勇者を案内していたし、御披露目の目的は、子女ではなく『当主』や『権力者』への顔繋ぎであるから──
当然と言えば、当然である。
終了間際、私の方に戻ってきた団長といるところに──聖女と共に来た勇者から、こう言われたくらいである。
「パートナーをずっとお借りしてて、すみませんでした」
「お気になさらず」
これだけだ。
だが、それでいい。
(聖女と言う立ち位置で、合法的に勇者の動向がわかるんだから──もうノータッチで良さそう。ハナだけが気がかりね)
「一人にしてしまって済まなかったな」
「大丈夫よ?充分楽しんだわ」
当初、勇者を案内していたのは最年長の第三王子のジャスティン様だったのだが──途中で、足が痛みを増したそうで。
急遽、団長が引き継いだんだとか。
「我々は元々……十人いたんだがな、生きてるのは五人──うち、二人はまだ十代なのでな」
「ああ、大事故があったって言いましたものね」
「うむ。兄上と私、亡くなった即妃の末子のゲオルク──正妃の子である、アンネローゼと王太子のレオンハルト……で五人だ」
(五人でも多いと思うけど。いろいろあるんでしょうねぇ)
「ああ、王太子殿下ね……お見掛けしましたわ……」
「末っ子なものでなぁ……しかし、アレは」
苦々しい顔で呟いた団長。
「あら。団長もご覧に……?」
「ホールの端まで……キンキン声が通ってたからな。父上が宰相に謝罪する事態になって、こっちもちょっとした騒ぎだったぞ」
「あらまあ──ああ、スカーレット嬢は宰相閣下の……?」
「うむ、一人娘であるな」
帰りの馬車のなかで、時々またパートナーを頼むと言われて渋る私に、団長は交換条件を持ち出した。
「知っているか?北方──亡国『ローラン』の領土にはな、氷花の冥穴ジーヴル・ニィルというダンジョンがある」
「ダンジョン!」
(しばらくダンジョンは嫌だけどね~)
「これがまた、面白いものでな。とある条件を満たせば、一年間だけ探索可能になる」
「へえ?解放条件付きって、あんまり聞かないわね」
「次に開くのは二年後だ。王家直轄のため、入れる者は王家次第」
「なるほど──探索権利をくださると?」
静かに揺れる、馬車のなかは沈黙で満たされた。
「そうだな──あと数年もしたら、北方の貴族から妻を選ばなければならぬからな、それまでのパートナー、だな」
「婚約者が決まるまで、ってことでいいのね?」
「うむ」
「ずーっとは困るけど。数年なら、その条件でいいわ。ダンジョンも気になるし」
「では、パーティのパートナー契約成立だな。──君は美しいし、気になる女性ではあるが……私は野の鳥を捕まえて、かごに入れるような無粋な男ではないからな」
「賢明ですわね。それにしても、亡国ねぇ……」
(亡国ローランか……面白そうね?)
団長が、片眉を上げてこちらを見た。
わずかに口角が上がっている。
「気になるか」
「そりゃね」
「──王城の魔術研究施設に、百年以上前からローランに住んでいたエルフがいる。いまは『転生研究課』の課長として」
「そこにエルフがいるってのはどこかで聞いたような……?」
「今度紹介してやろう」
あっという間に家についたので、玄関までエスコートしてもらって、解散。
とりあえず着替えて、タマゴサンドを食べながら、シャカシャカ動き回るミシュティを眺める。
ドレスをトルソー着せ直し、小物を並べて衛生魔法とクリーニング魔法。
埃をはらったり、磨いたりしながら破損がないか仔細にチェックしている。
「──ミシュティの卒業した家政学校は、一番難しいところよね?」
ミシュティは手を止め、膝の上に置いてこちらに向き直った。
「はい。試験も難しいですけど──種族も限定されてるんですよ」
入学可能な種族は五種族。
・ブラウニー
・コボルト
・ケット・シー
・ドモヴォイ
・キキモラ
「コボルトも?意外だわ、土木関係ばっかりだとおもってた」
「男子はそっち行く事が多いですわね。家政学校は女子校ですので、コボルトもメイド向きの気質の子しかいませんでした」
「ああー、なるほど!女の子は確かに……コボルトのメイド多いものね、魔界は」
「そうですね、四足歩行可能で早いので『乳母科』に多かったですよ、コボルト」
「足が速い乳母……」
ミシュティは、ニッコリと微笑んだ。
「大事なお子様を任された場合……逃げ足速いのは必須ですので」
「ミシュティは何科だったの?」
「全部です!」
「えっ」
「パンフレット見ますか?」
「見せて!」
ミシュティは、パンフレットを取り出した。
「従姉妹が来年入学なので、最新パンフレットがあります」
「ん?王立?」
「学院名は……王政だった頃の名残ですね」
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魔界王立家政学院 〜Royal Demon Domestic Academy〜
「仕えるは誇り、支えるは力」
【女子部・学院理念】
魔界における家政とは、単なる家事ではなく、主の命運と家門の繁栄を支える術である。
本学院は、王侯貴族・大商家に仕える優秀な家政魔女の育成を目的とし、伝統と最新魔術を融合させた教育を行います。
※卒業生の6割は生涯契約雇用、1割は殉職。残りは独立開業。
■乳母科(Royal Nursery Department)
幼魔〜幼児の育成と教育。
角や羽の生え替わり期の対応、魔力暴走の初期訓練も行う。
走力と持久力が必須科目に含まれ、期末試験では「お子様奪還走」が実施される。
卒業生は王族・大貴族邸に直行就職率78%(残り22%は消息不明)
■侍女科(Ladies’ Maid Department)
主の衣装管理・着付け・髪結いのほか、宮廷化粧術や変身補助を習得。
影よりも影らしく行動することが求められ、成績優秀者は「存在感消滅」魔法の資格取得可。
ただし、行方不明報告が年数件ある。
■料理科(Demonic Culinary Arts)
魔界食材の安全調理法、人間向け料理、中立圏向けの宴会食を学ぶ。
必修科目「毒味」は三学期制。
卒業試験は「生き延びる晩餐会」と呼ばれ、前年は死者ゼロで学園新聞の一面に載った。
■礼法科(Etiquette & Diplomacy)
宮廷・種族別の礼法、舞踏、お茶会作法、宴席での儀礼魔法を習得。
対外交渉用の微笑み方や、相手の首を刎ねた後の正しいお辞儀も指導。
■家事魔術科(Domestic Magic Department)
掃除・洗濯・修繕などの生活魔法に加え、呪物や霊障の安全処理も学ぶ。
卒業制作では「屋敷全域の完全浄化」が課題。昨年度は旧校舎の地縛霊が全滅した。
■警護・護衛科(Protective Service Department)
暗殺者・魔獣への対処、護身術、結界設置、緊急転移術。
主を守るための即死魔法の習得が必須。
模擬戦では教員の生還率が低いため、外部講師の確保が急務(随時募集)
■医務・薬草科(Healing & Herbology Department)
応急治療・看護、魔界薬草や魔物素材を使った調薬、解呪補助。
毒に対する耐性強化が前提のため、入学時から胃薬の常用が推奨される。
■会計・管理科(Estate Management Department)
財務管理、物資調達、契約魔法による取引管理。
魔界での取引の多くは悪魔契約である。
計算ミスは契約不履行となり、契約悪魔に身体の一部を徴収されるため、常に真剣勝負。
■儀礼魔法科(Ceremonial Magic Department)
冠婚葬祭や家門儀礼の進行、幻術演出、紋章魔法の管理。
不祥事の際には「儀礼的生贄」の手配も任務に含まれる。
《卒業生紹介》
ミシュティ【種族:ケット・シー】(第5488期卒)
八学科修了者(全科目制覇)
六千年の学院史上、全科目修了を達成した者はわずか三名のみ。
その中で、七学科首席・一学科次席での修了は彼女ただ一人です。
在校37年という異例のスピードで、快挙を成し遂げた才媛。
首席科目:乳母科/侍女科/料理科/礼法科/家事魔術科/医務・薬草科/会計・管理科
次席科目:警護・護衛科
評価理由:直接戦闘は不得意ながら、事前警戒・危険予測・退避経路構築の精度が極めて高く、模擬演習では「被護衛者全員無傷での帰還率100%」を達成。
その戦術面の評価により、次席の成績を獲得。
【卒業生の声】
「私は戦闘が苦手で、護衛科では首席を逃しました。
でも、八学科全部をやり遂げることはできましたし、今の仕事に全て役立っています。
苦手な分野があっても、工夫と努力で必ず補えます。
学院はそういう力の伸ばし方を教えてくれました」
【学院からのコメント】
本学院では、直接の得意不得意にかかわらず、あらゆる状況に対応できる総合力を重視しています。
ミシュティ氏のように、不得意分野でも他の能力を活かして高い評価を得た事例は、後輩への励みとなっています。




