ピンク髪無双
「だから!なんであの人はいいのよ!」
品のいいざわめきに、甲高い声が鋭く突き刺さった。
会場が一瞬、息をひそめる。
ピンク髪が、不躾にも人差し指を突きつける。
指差された令嬢は瞬きを繰り返し、パートナーに支えられながら後ずさった。
「……ですから、あの方々は高位貴族の子女で──」
気付けば私はミシュティと並んで、『上品な野次馬』の輪のど真ん中にいた。
香水の甘い香りと絹の擦れる音に包まれた狭い空間。ご婦人たちの囀りは小鳥めいて可愛らしい……いや、嘴の鋭い猛禽だ。
「見ない顔ですわね、どちらのお家?」
「フォクシー男爵の庶子だとか」
「ほう、では先月学園に入ったばかり?」
「ええ、我が娘が同学年ですけれど……そりゃもう酷いそうですの」
「いったいどこで、あんなドレスを作らせたのかしら」
“酷い”の一言に込められた含蓄たるや。さすがピンク髪、入学一ヶ月で親世代にまで名を轟かせるとは見事な営業力だ。
──ジャンルは不祥事だけど。
「こちらの会場にもお友達が?」
「殿方のご友人しか興味がないそうよ」
「まあ……では、あれに引っ掛かるおバカさんなんて──」
「ほほほ、子供とはいえ貴族ですわよ、まさか──」
「あーーっ! レオー! こっちこっちーー!」
演奏の切れ目の静寂を切り裂く声。
ピンク髪がピョンピョン飛び跳ね、中身が見えかけているスカートの裾も構わず、全身で手を振る。
視線の先を追えば──王太子。
よりにもよって、婚約者をエスコート中の王太子。
ピンク髪はメイドを肘で押しのけ、そのまま突進。
絹靴の踵が床をドタドタ叩く音が、やけに大きく響き渡る。
そして──ためらいもなく、王太子に飛びついた。
慌てて引き剥がす王太子。
気にせずもう一度抱きつくピンク髪。
その横で、婚約者の御令嬢は──微動だにしない。華やかな微笑を顔に貼りつけたまま、しかし瞳だけはひやりと冷たい。
(目は笑ってないわよ、気付け! 王太子)
「レオ……ですって?」
「うそ……レオンハルト様……?」
「まさか──あらやだ、私主人のところに戻らなくては」
息を呑む気配が広がり、ご婦人たちは互いに視線を交わすと、扇子を閉じ、裾を摘んで優雅に退場していく。
距離を取る速度の早いこと、まさに蜘蛛の子を散らすというやつだ。
明日には、貴族中──下手をすれば国外にまで知れ渡っているパターンだ。
私とミシュティも、そっとその場を離れた。
「……関わっちゃダメなパターンよ」
「……はい……」
振り返ったところで見えたのは、王太子がピンク髪を腕にぶら下げたまま下位会場へ向かう後ろ姿。
婚約者を、その場に残したままで。
もう一度言う。婚約者を、放置して!
「あの方は……アルエット公爵家のスカーレット様ですわ」
ミシュティの言葉に、私は問い掛けるように首をかしげた。
「あ、アルエット公爵閣下と、スカーレット様は……その、愛♡魔馬倶楽部の……」
「ああ、趣味の知り合いなのね。ならばお声掛けして、この空気は有耶無耶にしちゃった方が良さそうね」
──辺境のガーデンパーティでお会いしたこともある可愛らしい令嬢だったわね。
近付いて礼をとると、スカーレット嬢は上品に微笑んだ。
「まあ。来てくださったの?お恥ずかしい」
「ジューン様、お久しぶりですわ!何度もアルお兄様にお願いしてたのに、お会いする機会がなくって。──それにミシュティも。可愛いメイドドレスね」
ミシュティは黙って頭を下げる。ここで貴族相手に雑談を始めるようなおろかなメイドではないのだ。
「辺境のパーティ以来ですわね」
「もう秋ですもの、本当にかなり前ですわね」
スカーレット嬢の声は穏やかで低く、先ほどの騒ぎなど無かったかのよう。
しかし、ミシュティの気遣わしげな顔に気付き、静かに言葉を添えた。
「本当にお恥ずかしいところを。ですが、私自身は気にしていないのです。王家が強く望んだ政略結婚ですもの」
ツン、と顔を上げ、不敵に微笑むアルエット家の姫。
「父は今でもどうにか婚約解消できないか奔走しているくらいなのですわ。ですから、お気遣いは無用なんですのよ? それより、冒険のお話続きを聞かせてくださいな」
その後は、若い令嬢に囲まれて『昔話』を披露することになった。
「まあ!伝説とも言われる稀有な竜仙草が……」
「飼ってた龍のオネショ跡から生えてきたなんて……!」
「うふふ、仙草というより“洗草”じゃありませんこと?」
「ふふ、ほんとね!」
きゃぁきゃぁと囀る華やかなお花さんたちに囲まれ、私も楽しい。政治なんかより、子供と話してる方がいいわね。
令嬢達の興味はミシュティに移った。
「ケット・シー?」
「やだ、可愛い……!」
「お、お手々はどうなってらっしゃるの!」
「お願い、握手してくださらない?」
「ずるいわ! 私も」
まるで春先の野原に群がる蝶のように、令嬢たちがミシュティの周りに集まる。
──完全に握手会だ。




