出たわね!ピンク髪!
「──まあ、そういう背景があって、子世代の王族はまだ全員未婚なのよ~?」
「事故もあったしね……」
ヴェルヘルミーネ様とジャスティン様は、淡々と話を続ける。
「アルは血筋に北方が入っているけど、外見は陛下にそっくり。だから、グレイシア領でもアルシアでも、さほど反感なく受け入れられるのよ~」
「表面上は、だな」
(──政治って、めんどくさいわねぇ)
音楽が変わり、照明がほんの少し落ちた。ダンスの時間だ。
中央に現れたのは、国王と正妃。
齢六十を越えるという国王は、中々精悍な容貌だ。
やはり団長によく似ている……団長も年を取れば、きっとこうなるのだろう。
王妃様は三十代前半と聞くが、五歳で嫁入りしたとは……驚きよね。
王族の女性は、まるでチェス盤の駒のように容赦なく動かされる──華やかな世界にも、影は必ず落ちるということ。
次に登場した、年若い王太子と婚約者が優雅に踊り終えると──場は各自のパートナーとの時間へ。
煌めく光、人々のざわめき。私の耳は、笑い声に紛れた小声を拾い上げた。
「──北方の議席、どうなるかしら」
「第三王子は……どうするおつもりか」
「南部領主連合が王太子側に……」
「王太子殿下も、先月学園に入学されたばかりだし──」
途切れ途切れの言葉が、政治地図の駒を一つずつ動かしていく。
視界の隅々まで観察しながら、私は盤上を見守った。
「さて。一曲どうだ」
団長が手を差し出す。
「喜んで」
(ダンスなんて、何百年振りかしら。政治なんて興味ないし、楽しみましょ)
この国では、パートナーと何曲続けて踊っても勘繰られることはない。
……ただし、婚約者がデビュー済みなら別。
婚約者以外と出席すること自体が、ほぼないのだから。
──団長のリードは抜群に上手かった。重力が消えたような感覚。羽が生えたように、ってこういうことかしら。
どう動いても必ず支えがある。
私は、こんなに思いどおりに踊れることが楽しくてたまらなかった。
(恋愛感情は持てないけど、ダンスのお相手としてなら最高ね)
数曲続けて踊った後、しばし休憩。
団長は歓談のため離れ、入れ違いでミシュティが現れた。
団長の指示だという。
「うふふ。団長様、意外に独占欲がお強いのですね」
「違うわよ、私が面倒事は嫌って言ったから。そもそも、好意なのか政治的囲い込みなのかも怪しいわ」
(……しつこいようなら、逃げるだけよ)
ダンスタイム中、女性の側にメイドがぴたりと控えているのは──【お誘い不可】の意思表示だ。
「どっちにせよ、乗っかる気はサラサラないわ。恋愛感情ならいざ知らず──私にメリットなんて、かけらもないもの」
「まあ。確かにその通りですわね!ジューン様はそういうタイプですもの」
そう言って、ミシュティはアイスティーを差し出す。
グラスを受け取り、ひとくち。
(……そんなことより隠密撮影班、なぜ勇者じゃなくて私を撮るのよ)
「撮るならあっちでしょうに」
思わず口にすると、ミシュティが面白そうに勇者の方を見た。
「アーカイブさんたち、八人いましたわね」
「会場全部って考えたら、もっといるでしょうね」
アーカイブは、記録や保存に長けた実体を持たない精霊種。
魔界で独自進化した彼らは、動画撮影や記録のやり取りに特化し、『勇者と魔王イベント』には欠かせない存在だ。
むしろ、いないと成り立たない。
「編集版は夜に出ますでしょうか……それとも明日? さっき私のことも撮っていましたから、もしかすると勇者チャンネルに出ちゃうかも!」
ミシュティが嬉しそうに囁く。
「そうそう、ジューン様。メイド情報によりますと、ハナはやはり『お留守番』みたいです」
「ああ、やっぱりそうなのね」
「問題の無い『聖女様』がいらっしゃって安心ですわね」
ミシュティが蒼い瞳を煌めかせて悪戯っぽくウインクした、その時──会場同士をつなぐ出入口でざわめきが起こった。
「なにかしらね?」
「あちらは──下位貴族会場ですわね」
隣り合わせた会場は、王族と上位貴族は自由に出入り可能だが、下位側の出席者が上位側会場へ移動するのは不可。
使用人も、行き来できるのは特別な腕章をつけた者だけだ。
「見に行ってみる?」
私とミシュティは、野次馬根性丸出しでさりげなく近付いた。
「だーかーらー!お友達に会いたいだけなんだってばぁ」
おお、久しぶりのピンク髪じゃないの。今日も安定のすごい出で立ちね。
大きなリボンを飾った桃色の髪は、幼子のようなツインテール。
夜会だけにオフショルダーなのはまだ許せるとして──濃いピンクのドレスは、まさかの膝丈だ。
ミシュティが私の腕をぎゅっと掴み──次の瞬間、慌てて手を離して謝罪した。
「ジューン様……あ、あのスカート丈は……」
声が震えている。
肩も揺れている。
いや、全身だ。
毛は逆立ち、ふくらんで二回り大きくなっているし、耳は完全にイカ耳。
「み、ミモレ丈どころか……ひ、膝……ひざ小僧が……丸見えですわぁぁぁ……!」
両手で目を覆った──が、指の隙間は全開だ。
「三十年以上……上級家政学校で……各国のドレスコード、ルール、歴史……ひ、膝が……」
ぶるぶると震える肩。
その震動はドレスの裾のレースまで波及し、波打つレースが拍を刻むように揺れる。
(魔界の難関家政学校を、好成績で卒業したミシュティにはショックでしょうね……)
周囲の上品な野次馬たちは「あらまぁ……」「まぁ……」と扇子で口元を隠すだけなのに、ミシュティだけは今にも避難警報を発令しそうな勢いだ。
「……地震かと思うくらい揺れてるわよ」
小声でツッコむと、ミシュティは蒼い瞳を潤ませたまま、揺れを必死に押し殺そうとして──逆に震度を上げた。
その様子に、近くのご婦人たちがほほ笑みを漏らす。
「ほほほ、新人メイドにあれはショックですわよねぇ」
「本当に。良い教育を受けた者ほど驚くでしょうね……あらまあ、耳を伏せちゃって可哀想に」
「ふふ、初々しいこと。うちの侍女にもあんな時期があったわ」
「ですから、こちら側にはお入りいただけないと──」
「おかしいじゃない!じゃあなんであの人は、出たり入ったりしてるのよ!」
エプロン姿のメイドが必死に制止を試みるが、ピンク髪は退く気配がない。
男性使用人が足早に近付いてくる中、騒ぎの輪はじわじわと広がっていった。




